僕の名前は『雲雀 恭弥』。
かつて、並盛中学での鬼といわれた風紀委員長。ボンゴレ十代目の雲のリングを持つもの。最強の守護者。他にもいくつか呼び名があるみたいだけど言いたい奴の勝手に言ってれば良いと思う。僕はこれに関しては誰にも強要する気も無い。だって誰がなんと言うと僕には僕がふさわしいと思う名前と肩書きがあるのだから。それは約束を守る者。この世でもっとも無邪気で純粋なあの子とかわした幾つかの約束を守り続ける者。僕の命が尽きる日が来てもあの子の笑顔のために約束は守り続けてみせる。例え、約束自体を彼女が忘れてしまっていたとしても。

一つ目の約束は『独りにしないこと』
あの子はいつも強い振りをしているけれど本当はとても淋しがり屋なのを知っていたから僕は最初にその約束をした。いつもなら傍に誰かいるのだけれど、誰も傍にいなくなってしまう事があるのなら僕が必ず傍にいてあげる。約束を交わしたばかりの時は「そんな日は来ない」と返した彼女だったけれど数年たった今も彼女は淋しがり屋のままだった。誰も傍にいないと泣くか喚くか暴れてしまう寂しがり屋。だから僕はそんなあの子の傍にいつもいてあげた。無邪気なあの子が淋しい思いをしないように。

二つ目の約束は『傷つけないこと』
心も体も守って見せると僕はあの子にだけは誓った。無謀で無鉄砲なところは昔から変わらなかったから。大人になっても変わることは無かったから。だから僕は彼女を守り続けた。彼女から守られることは無かったけれど僕はずっと影ながらあの子を守り続けた。感謝なんて必要ないと思っていたから、ずっと気付かれないように隣でずっと見守り続けた。無邪気なあの子が痛い思いをしないように。

三つ目の約束は『彼女の愛する人の命を守ること』
これは始めて彼女から願われた約束だった。今までの二つは僕が一方的に考えて押し付けた約束だったけれどこの約束だけは彼女からの申し出だった。自分を守ってくれるなら自分の愛する人も守って欲しい、と。あの子が愛らしい笑みを浮かべて頼んできたとき、僕は何があっても彼女との約束は守ろうと改めて約束した。無邪気なあの子が悲しい思いをしないように。

だから四つ目の約束は『約束を守ること』

けど、僕がこの4つの約束を守れなかったあの日からあの子は笑みを失った。僕が約束を守らなかったから。僕が約束を守れなかったから。純粋なあの子の心は壊れて無邪気な笑みは消えて僕の知るあの子はどこか遠くに行ってしまった。残ったのは彼女と同じ体と顔と手足を持った何か。笑うことも無くしゃべることも無く自らの意志で動く事をしない「それ」を見たとき、僕は自分の罪の重さを見た。

ごめんね、ごめんね。

淋しい思いをさせないって約束したのに一人にしちゃったね。
痛い思いをさせないって約束したのに傷つけちゃったね。
悲しい思いをさせないって約束したのに君が愛する人を守れなかったね。
そして約束を守ると約束したのに破ってしまったね。
これらの事があの子をどれだけ崩壊させてしまったのか分からない。けれどかつての君の面影をなくして泣いて喚いて暴れても、それでも君は君だから・・・僕は今度こそ約束を守るよ。

君が遠くへ行きたいというのなら僕が抱えて連れてってあげる。両の足が折れたとしても君が望むところへ一緒にいこう。そうすれば淋しくないだろう?

君を傷つけるもの僕が排除してあげる。両の腕が折れたとしても目障りなものは原型が分からなくなるまで全て消してあげるよ。そうすれば痛くは無いだろう?

君が愛する人がいるならどんな事をしても死なせないよ。例え肉片しか残って無くても君が望むなら僕の血肉を分けてでも延命させてあげるよ。そうすれば悲しくないだろう。

もう一度、約束をしよう。
壊してしまった君の髪をすきながら僕はもう一度願う。壊れた君は一人では何もできなくなくなってしまったから。壊れた君は一人で着替えも出来ない。壊れた君は一人で立って歩くことも出来ない。壊れた君は一人で食事を取ることもできない。壊れた君は一人で何もする事が出来ない。それが君を壊してしまった罪というのなら僕は贖罪の意味も込めて君の傍にいよう。そして何でもしてあげよう。

だからお願い、もう一度だけでも笑って。

「約束は必ず守るから」

そう僕は呟くと目の前にいる血まみれの彼を抱えなおす。血まみれといっても致死量じゃない。止血をして少し安静にしてれば問題が無いくらいだ。僕は冷静にそう考えながら彼の手首に止血用に巻いていたハンカチの上からさらにタオルを巻きつけた。

「まったく・・・僕の服も汚れちゃったよ。いい加減に何枚目だと思ってるの」
「・・・・・・・・・・・」
「助けてもらったのにお礼もいえないの。随分な態度じゃないかい、君」
「・・・・・て・・・った」
「もっとしゃべるならハッキリいいなよ」
「たす・・・けてほしくなかった」

彼の言葉に僕は溜め息をつく。まぁ、そうだろうね。彼を傷つけたのは彼自身だし。彼の手首には古い傷から新しいものまで何十も並んでいる。それは彼が何回も行った自傷行為の回数、そしてそのたびに助けに入った僕の回数。

「・・・・こりないよね、君も」

ぎゅっと少しきつめに結びなおすと彼の口から短い唸り声が上がった。

「僕は何でこんな事をするのか理解できないよ」

あの子に求められて、あの子に微笑まれて、あの子に愛されている彼。それが僕の知る現実。
あの日、彼女を守っていた僕の目の前に突然現れた彼。彼は一瞬にして彼女の愛を手に入れると僕が壊してしまった彼女の笑みをあっさりと元に戻してしまった。

「何が不満なの」

あの子が求めているのに。君がいればあの子は淋しくないから僕はいらないんだよ。
僕の手は無意識に彼の首に伸びている。

「何が不満なの」

あの子が微笑んでいるのに。君がいれば悲しくないから僕はもう必要ないんだ。
少しずつ込められていく掌の力。

「何が不満なの」

あの子が愛してくれているのに。愛する君がいるから遠くにいってた彼女は帰ってきたんだ。
君がいればあの子は立って歩いて、ご飯も食べて、風呂にも入れて、一人で何でもできるようになったんだよ。僕の手を借りなくても何でもできるようになったんだよ。それはとても喜ばしいことだね。嬉しいことだね。きっと僕の罪も許されたってことだよね。

なのに僕はまた約束を破ろうとしている。

「・・・・・・・・・あ・・・あははははは」

僕は乾いた笑いを浮かべると両の手から力を抜いた。悔しいけどそれは出来ない。彼の命を奪うことは僕には出来ない。

「・・・悪いけど、君には・・・生きていてもらわなくっちゃ」

僕の呟きに彼の体がびくりと揺れた。怖いのだろうか、震えているのだろうか、怯えているのだろうか。そんなことは関係ない。


だって約束したんだ。


コツコツと足音が近づいてくる。そして血まみれの僕と彼の目の前で立ち止まると足音の主はふわりと柔らかな笑みを浮かべる。

「綱吉さん。ご飯の準備が出来ましたよ。一緒に食べましょう」

血で汚れた僕と彼の姿を気にせずにニコニコと笑い彼の手を掴む彼女。その笑みのなんと美しいことか。それがたとえ・・・僕に向けられたものじゃなくっても。

「沢田、早くいきなよ」

貧血でしゃべることもきついであろう彼を無理やり立たせると彼女に引き渡す。彼女はまた幸せそうに微笑んだ。

約束は守るよ、君の微笑を今度こそ守るために。
だから、だから・・・僕にも微笑んで、ハヤト?


それは何処までも純粋で、無邪気で、

けれど直視が出来ないほどの闇の色。