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式場へと車を運転しながら僕は考えていた。実は十代目の妻と会うのは今日が初めてだ。今まで病弱のための療養とかでアジト内であったことがある人物はいない。話も聞かない。それに彼の言葉を借りれば「極度の恥ずかしがり屋」とかで家族以外の人に会うのも稀だとかいっていた。だから彼女の両親に挨拶に行ったときも会えたのは父親だけだった。
「けど、結婚式の時には必ず連れて行くよ」
大事な日だからね。彼はそういって笑っていた。だからこれから向かう式場で会うのが初対面となる。義理の母となり、自分のファミリーのボスの妻でもある人だ。
「最初に会ったらなんて言おう・・・」
柄に無く悩みながら式場への駐車場に車を止めると、僕は仲間達に出迎えられながら控え室へと行った。これから妻になる人には十代目の希望で本番まで会えない。きっと隣の控え室で最後の親子水入らずを楽しんでいるのだろう。
時間を告げる式場の人間が現れて、控え室にいた仲間達は一足先に式場へと戻っていった。みんな口々に祝いの言葉を残して扉の向こうに消えていく。けどアイツだけは・・・最後までこの結婚に反対し続けたアイツだけは僕に最後の通告をしてきた。
この結婚をやめる気は無いのか、と最後の通告。
静かに聞かれたその言葉に僕ははっきりと答える。
やめるきはない、と。
僕は彼女と幸せになるんだ。その決意を聞いて、諦めたように部屋を出て行く。
この後どんな悲劇が待っていてもその言葉を忘れるな。そんな呪いの言葉を残しながら・・・。
時間になり、僕は一人式場へと向かった。
みんなの見守る中、神父の立つ壇上の前で彼女を待つ。これからこの教会の扉を開けてバージンロードを歩いて彼女がやってくる。彼女の父親に手をとられ、僕の花嫁が来るのだ。
二十年前も願ったこの光景。花嫁は二十年前と違うけれど、僕の胸は幸せで一杯だった。
ガラガラガラ・・・。
どこからか耳障りな音が聞こえてくる。まるで荷物を運ぶカートに良く似た音。それは教会の外から聞こえてきて、そして扉の前で止まると信じられない形で僕の前に姿を現した。
開かれる扉。
バージンロードの向こうに立つ君。
扉の外の眩しさに僕が目を細めていると、
誰かが息を呑む音が聞こえた。
ひゅうひゅうと、空気の漏れる音が聞こえる。
風が細い穴を通して抜ける音。
その音はバージンロードを歩く花嫁と同じ速度で僕に近づいてくる。
なんだこれは?冷静になろうとつめるが、目の前にある「物」は僕の想像を超えていた。
僕の花嫁と、その父であるボンゴレ十代目。ここまでは理解できる。
けれど彼が花嫁とともに連れてきた・・・可愛らしいベビーカーに詰まれた物体。ガクガクと小刻みに動き、ひゅうひゅうと音が聞こえる物体。生き物・・・なのか?それすらも疑わしかった。
「初めて会うよね、俺の家内だよ」
そう言いながらボンゴレ十代目はベビーカーの中を指差した。
家内?これが??
人、なのか。僕はそう思いながらカートの中を覗き込む。
手足も無く、顔と思わしきところには耳も鼻も無く、目があったと思われる所は空洞。歯も無く、舌もないため喉から発せられる音は言葉にならず・・・それどころか顎という部分すら、この人物には無かった。
肉の塊。昔、過酷な拷問の果てにそうなってしまった人物を見たことがある。彼女もそうなのだろうか?ボンゴレ十代目の妻といえば、そういった危険に見舞われることも少なくないだろう。
そう思うと僕は彼女を奇異の目で見ていたことを恥じた。
「私の母さん、綺麗でしょ?」
僕の花嫁はそういって笑う。そうだ、彼女は僕の義理の母となる人なのだ。心の中で詫びると僕は花嫁の手をとりまだ動揺している神父の前へと歩いていく。
後ろには落ち着きを取り戻しつつある仲間達。
ボンゴレ十代目も娘の晴れ姿に笑みを絶やさない。
カタカタ・・・・。
ベビーカーの中の彼女の母親もうれしそうに揺れる。
カタ、カタカタ・・・・。
時には小刻みに、時には早く体を揺れ動かす。
見えなくても雰囲気を感じているのか、彼女は一定のリズムで体を動かしながら娘の背後で式に参加していた。
カタカタ・・・。
「それでは貴方はこのものを永遠に愛すると誓いますか?」
お決まりの言葉を神父がつぶやく。
カタ、カタカタ・・・・。
「はい、誓います」
僕は永遠に彼女を愛しぬくと、ここに誓い・・・・。
誓い・・・愛し・・・・?
カタカタ・・・カタ、カタカタ・・・・。
愛し、て、る。
―――いつか、 いつか口が利けなくなっても、字がかけなくなっても、耳が聞こえなくても君に愛の言葉が伝わりますように。
―――そんな願いを込めあって決めた最高の愛の言葉。
君と決めた秘密の・・・君しか知らないリズム。
カタカタ・・・カタ、カタカタ・・・。
僕は二人へ振り返る。
ベビーカーが揺れる。ボンゴレ十代目は笑っている。
「どうしたの?」
花嫁は困ったように微笑みかける。
その顔はくすぐったいと笑っていた・・・あの笑顔にそっくりで。死んだ彼女にそっくりで。死んだはずの彼女にそっくりで・・・・。
カタカタ・・・・カタ、カタカタ・・・・。
愛してる愛してる愛してる。
繰り返されるリズムに僕は口元を覆った。
吐きそうで、気持ち悪そうで、頭が痛くって。どうすればよかったんだろう。ごめん、ごめんね。君はずっと待っていたんだね。ずっと叫び続けていたんだね。手を失っても足をなくしても声が出なくても光が見えなくても声が聞こえなくても、ずっとずっと・・・僕の裏切りを知らないで待っていたんだね。
ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね。
それと一緒に繰り返される、彼女のリズム。
愛してる愛してる愛してる。
ごめん、ごめんね。
もう君のリズムは・・・・今の僕には耳障りにしか感じないんだ。
そして僕は最後に知る。
僕の花嫁がなぜ黒髪と黒い瞳を持つかを。
金の髪のボンゴレ十代目と、銀の髪だったその妻。
答えに気づいたとき、僕はその悲劇に吐いた。
王様は猫が鳴けないように首を絞める。
王様は逃げ出さないように足を切る。
王様は抵抗しないように腕を切る。
目も耳も歯も舌もあごも奪うと猫は静かになった。
犬は匂いを伝って材料を探す。
匂いのする王様を追っかける。
羽ばたき始めた小鳥は鳥と出会う。
小鳥は始めて見る同じ種に興味を持つ。
鳥は自分を愛した猫の匂いをする小鳥に興味を持つ。
王様は小鳥と鳥をツガイにした。
そのほうが面白いから。
(続きます)
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