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―まだ、こんなに温かいのに。
「どうか・・・俺のことは忘れて幸せになってください、白蘭様」
最期の時に愛する人はそう言いながら僕の腕の中で冷たくなっていった。
幸せに?なれないよ君がいないのに。笑いながら固くなる君の体。泣きじゃくりながら君の返り血で汚れる僕の体。
―無理だよ、ごめんね、約束は守れそうに無い。
大好きな人との最期の約束なのに僕はあっさり破った。利き手には最後まで君が離さなかった護衛用の拳銃。空になったその中に僕は胸ポケットから取り出した弾を詰め込む。
「君を忘れることなんて出来ないよ」
だから弱い僕を許して。そして銃声が響いて僕の体は冷たい君に覆いかぶさるように床に倒れこんだ。
これは僕が悲劇を喜劇に変えるための物語。
「それで、そんな話を俺に聞かせて命乞いでもするつもりなのか・・・?」
冷ややかな緑の瞳を僕に向ける女性。綺麗な銀の髪と白い肌を返り血で汚した彼女は憎々しげに僕に呟くと小さく舌打ちをした。
「命乞い・・・?するわけないよ。君は僕を殺す気満々だし、僕はこの通り丸腰だし」
苛立った表情を浮かべる彼女とは対照的に僕の顔に浮かぶのは余裕すら感じるだろう満面の笑み。ヒラヒラと言葉をアピールするように両手を上に上げると“降参”のポーズをとりながら彼女に近寄る。それがまた気に食わないのか彼女は睨みつけるとずっと部屋に入ってから僕に向けていた銃口を見せ付けるように構えた。
「お前に助けは・・・来ないぞ」
「そうだね、幹部達のほとんどは海外に派遣されてるしね。君達も此処が手薄なのわかって攻めてきたんだろ?残ってる部下達も君と君と一緒に来た奴らに殺されちゃったみたいだし」
「俺は本気・・・なんだぞ」
「だろうね、僕は君達組織の敵なわけだし。そして君の夫の仇でもある」
夫の仇。その響きに一瞬顔をこわばらせる彼女。少しだけだけど心が揺らいだね。銃が小さく震えていた。
「なんで・・・どうして・・・」
彼を殺したの。
弱々しく問いただす。さっきまでの威勢のよさは何処へやら、今の彼女はただのか弱い少女になっていた。
「答えが知りたいの?」
「お前を殺したら、一生聞けなくなる」
「確かに一理ある。まぁ・・・そうだね、そこまで言うなら教えてあげるよ獄寺隼人チャン」
クスリと笑うと馬鹿にされたと勘違いしたのか頬を赤く染めて再び僕を睨み返す。良いね、その表情。僕は自分に向けられた銃口と“隼人チャン”に微笑みかけながら懐かしそうに答えを紡ぎだした。
「彼がね、僕の愛する人を殺すから」
だから殺される前に殺したの。正当防衛、ってやつ?
「僕の好きな人じゃ彼を殺せないから僕が代わりに殺してあげたの」
「・・・・それがお前が彼を殺した理由、か?」
「うん」
にっこり笑って大きく頷く。でもまだ彼女は納得してない表情だ。
「だって彼は一線から退いて・・・自ら手を汚すことはもう何年も無かった!銃だって護衛用しか持ってなかったし、ミルフィオーレに喧嘩を売るような馬鹿な男じゃなかった!」
「だと僕も思うよ」
「だからお前の言う奴を殺すわけが無い!殺せるわけが無い!!」
「でもね、隼人チャン・・・」
彼は殺すんだよ。いや、殺した、が正しいのかな。
「さっきの話の続きを聞かせてあげる」
今度は僕が君を睨みつける番。いつしか僕の口元からは笑みが消えていた。
死ぬ気弾、嘆き弾、憑依弾。マフィアの間ではそんな特殊弾が幾つもあった。それぞれのファミリーは自分達の力を誇示するためにそれぞれでオリジナルの特殊弾を作り上げ、成功すれば繁栄し、逆に滅んだ組織もいくつかあった。それでも特殊弾の開発はファミリーの要。勿論、ミルフィオーレもその開発に力を注いだ。
そして完成したのが後に禁弾となる特殊弾だった。あまりの危険さに名前がつけられる前に弾は破棄され、それでも幾つか闇に渡った弾は伝説の品となった。
―どんな願いも叶えてくれる特殊弾
そういえば聞こえがいいが実際は禁弾と肩書きがつく危険極まりないものだ。だから唯一、組織に試作品として残った一発を僕は使わずに何時も胸の飾りに隠していた。一番身近な場所で見張って置けるように。
話を少し変えよう。
僕には当時、愛する人がいた。その人は偶然出あった十数年前に命を救った僕に恩義を感じて忠誠を誓った・・・敵のマフィアに所属する人物だった。僕と出会わなければその組織でトップに君臨する事が出来ただろう。けどその人物は思い込んだらまっすぐな性格だったらしくそんな明るい未来を蹴ってまで僕の右腕になってくれた。
しかし、こんな世界だ。端から見れば愛する人は自分の組織を捨て敵のファミリーに入った裏切り者。いくら理由をつけても許される行為じゃない。だから毎日のように命を狙われ続けた。休む暇も与えないくらいに裏切り者を相手の組織は許さなかった。
そしてある日、愛する人は僕を庇って殺された。
あの冷たくなっていく体の感触を僕は死ぬまで忘れることはないだろう。
僕は誓った。
幸せになって欲しいと言う、その人の願いを破ってまで自分の願いに生きた。
胸ポケットには例の特殊弾。
行動は自分が思う以上に早かった。
「じゃあ、お前はその禁弾を自分に撃ったというのか」
隼人チャンのの言葉に僕は大きく頷いた。
「弾丸は願いを叶えてくれたよ。何回も何十回も」
「?・・・それはどういう意味だ。お前の愛する人は蘇ったんじゃないのか」
「蘇ったね。何回も何十回も」
「・・・・・・・・・」
「意味が分からないって顔だね」
けど僕は嘘をついているわけじゃないんだよ。全てが真実。一番大事なところははぐらかしてるけど。
「願いを叶えるというロマンチックな特殊弾が禁弾と呼ばれる理由はね、“願いが叶うまで効果が終わらない”からなんだよ」
禁弾を自らに撃った次の瞬間、目覚めた僕の前で愛する人は生きていた。ただ愛する人は生き返ったわけではなく僕が時間を遡ったのだ。僕とあの子が出会った運命のあの日に。そして僕はやり直した。もう一度愛する人と手を取り組織を盛り立て繁栄させた。けど面白いものだね。愛する人が死んだのと同じ日に、また死んだのだ。原因は交通事故だった。そして僕は再び遡った。また出会いから初めて・・・そして彼女の死の日まで繰り返した。
再び裏切り者として殺されたときもあった。病気で亡くなることもあった。不慮の事故に巻き込まれたときもあった。災害、人災、偶然の産物。理由は何でもあった。皮肉なことに僕の右腕にならなくても、僕と無関係な道を歩んでも、僕と・・・恋人にならなくても同じ日に死んでしまう運命であるらしい。そして何時だって愛する人の死の影には彼の姿が会った。
僕の愛する人を裏切り者として粛清したのは今の君の夫だった人。
僕の好きなあの子を偶然とはいえ車で撥ねたのは君が愛していた男。
僕が守ろうと誓った人物を事件に巻き込んだのは僕が先日撃ち抜いた彼。
そのたびに僕は繰り返した。自分の願いを叶えるために。
「でも、ありがとう。君のおかげでこの運命から逃れられるよ」
もう何回目かな。何十回目かな。もしかしたら覚えてないだけで何百回も繰り返したかもしれない僕の運命。
両手を広げて微笑む。彼女は戸惑う。
けど戸惑う必要は無いんだ。これで良いんだ。
「さぁ、僕を殺して」
隼人チャンの指がゆっくりとトリガーを引くのが見えた。
発 射 さ れ た 銃 弾
撃 ち 抜 か れ た 僕 の 体
僕の体はゆっくりと崩れ落ちた。
倒れた僕から見える最後の風景は僕の横に座り込んで涙を流す隼人チャン。
「なんで・・・泣くの」
「わからない。・・・わからない・・・けど」
何故だか悲しいんだ。優しい彼女はそう呟くとと綺麗な涙を僕の頬に数滴零した。
「最期に・・・そいつに伝えたい言葉はあるか」
「・・・・仇の僕に・・・そんな事聞くんだ・・・」
「お前は俺の夫を殺した仇だけど、お前が好きだった奴には罪は無いから・・・」
「そう・・・なら僕から伝えたいのは“僕を忘れて幸せになって”・・・・・・・って一言だけかな」
「・・・・・・・そうか」
隼人チャンは短くそういうと僕の手を握り締めた。
泣いてる君と微笑んだまま逝く僕。
面白いものだね、皮肉なものだね。まったく・・・・僕が禁弾を撃ったあの時とは真逆じゃないか。
「僕が・・・願ったのは・・・僕よりも・・・彼女が先に死なない・・こと」
もう冷たくなる“君”の姿を見るのはごめんだからね。
ありがとう。君のおかげで僕の願いは叶ったよ。
ありがとう。君のおかげで僕はこの運命から抜け出せる。
ありがとう。君の事を本当に最期まで愛してたよ。
そして僕は意識を手放す。愛する人に見送られるという最高のシチュエーションで。
これは僕が悲劇を喜劇に変えた物語。
珍しく白蘭が病んでない話(爆)某ナンワレからはりかちゃま白蘭の名前をいただきました。または六道輪廻サバイバルw惨劇回避が出来れば拍手ネタになる未来、とかとも考えてます。 |
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