運命とか何とか。そんな非科学的なものを信じる性質ではないけれど、彼との出会いは運命なのだと信じたい。
僕の運命の出会いは並盛にある唯一のCDショップ。その店の隅の小さなクラシック音楽を扱うスペースでのことだった。



少し前のブームのおかげかクラシック音楽のCDを少しだけ多く扱うようになった店内。それでもまだ僕の求める数も曲も足りなくて、今日も溜め息混じりに目当てのCDを探す。発売日当日。なのに置かれてるCDは幼児向けアニメのCDよりも数が少ないだろう。自虐的にもなるが一枚でも仕入れてもらえてたら奇跡。だから無意識に溜め息が出てしまうのだ。
まぁ・・・別に悲しいわけではないけれど。ただ自分の好きなものを多くの人に認めてもらいたいという幼い主張と願い。そんな感じ。
だっていつも僕とつるむことの多い腐れ縁の白蘭さんはクラシック音楽なんて興味が無いし。むしろほかの事に興味を持っていて僕にもそれを押し付けてくるぐらいだ。だから彼の前でクラシック音楽や趣味の曲の演奏なんて無意味。彼は彼の興味があることにしか耳も目も頭も傾けようとはしないんだから。唯我独尊を地で行く人。そんな彼がずっと幼い頃から一緒だったから逆に僕は自分を出すのが下手になった気がする。好きなものを好きだと叫ぶことも、人に勧めることもしなかった気がする。だから・・・せめてもの抵抗で彼が自分の趣味に走っているときにイヤホン越しに自分の好きな曲を聴いているのだ。
現実逃避だとか逃げの姿勢だとかなんとでも言われてもかまわない。どんな形であれこれが僕の平凡で幸せな日々なのだ。

平凡万歳。変化の無い毎日に文句をつけられる勇気が僕には無い。
だけど・・・一瞬だけ。ほんの一瞬だけだけど願うことはある。
もしも僕のこの苦悩を受け入れて共有してくれる人がいたなら、そんな人とめぐり合えたなら。

僕の日常は僅かでも変化するんじゃないだろうか。


そして僕のそんな願いは結構あっさりと叶ってしまった。


「あ」

「え」


ふと触れ合った指先。指の先には僕が探していたCD。そしてそのCDに向けられているのは4つの瞳。
僕のに平凡な面白みが無い瞳と彼の日本では珍しいエメラルドの瞳。外国の人だろうか?透き通るような白い肌も銀色の髪も日本人とはかけ離れている。少なくともこれで純正日本人とか言われたら驚きだ。

「あ・・・えっとすみません!」

慌てて僕は触れていた指先を離すと頭を下げて謝った。思わず日本語で謝ってしまったがどうしよう。外国の人にこういう時はなんて言えばいいんだっけ。英語は苦手ではないが授業で習うのと日常会話では大違いだ。えっと・・・こういうときは・・・こういうときは〜〜っ。
グルグルと混乱する僕の頭。けど次の瞬間僕に向けられたのは耳を疑うくらい流暢な・・・日本語だった。

「いや、俺のほうこそ悪かったな」

そういって素直に謝るのは目の前に立つ銀髪の彼。

「あ・・・日本語・・・」
「へ?あ・・・あぁそうか。俺、日本語分かるから安心しな」

そう言って子供みたいに無邪気に笑った彼は“獄寺隼人”。
そしてこれが僕の彼との運命の出会いだった。





獄寺さんは僕と白蘭さんの学校とは違う中学に通う学生さんだった。
ただ並盛中学校に通ってるといってたからご近所さんではあるらしい。最近引っ越してきたばかりだというから彼の目立つ外見で今まで気付かなかったのも当然だろう。そんな彼の趣味はピアノ。クラシック音楽が好きらしく、今日は知人に付き合ってこの店に来たらしい。ただ知人の趣味と彼の趣味は合わないらしく彼は知人が趣味のCDを探している間、自分の趣味のコーナーを回っていて僕とであったとのことだった。

「奴に付き合ってたらさ、最近ついとクラシックなんて聞いてなかったなぁ・・・と思ってよ」

懐かしそうにCDに書かれたタイトルを指でなぞりながら呟く獄寺さん。幼い頃から家の事情でピアノを習っていた彼には下手なお音楽よりもこういったものの方が慣れているらしい。ただ家にいた頃は耳にタコが出来るほど聞かされ、練習させられてた反動で嫌っていたそうだが少しピアノから離れると逆に恋しくなってしまうのだと笑っていた。

「親元離れてからピアノなんて学校にあるのしか弾いてないからな。家に帰ったら帰ったでさっき言ってた奴の趣味に付き合わされるし」
「そうですか・・・」
「唯一聞けてるピアノ曲なんか“子犬のワルツ”だぜ。あれは掃除の時間に毎日流れてるからな」
「あぁ、なるほど。あれは僕の小学校では給食の時間に流れてましたね」
「一分間ワルツのエンドレスだけなんて昔の生活じゃ考えられないな。これもあれもアイツが・・・」

獄寺さんは困ったようにブツブツと知人への文句を口では言ってたけど表情は何処となく嬉しそうに見えた。
あぁ何処から何処までこの人は僕に似ているのだろう。僕はピアノではなくてバイオリンだったけれど、家庭の事情でやはりやらされてて・・・でも中学受験を境にぱったりと止めてからはたまにしか演奏する時間が無くて・・・そうなると毎日のように弾かされていたあの旋律が恋しくなって。しかもその僅かな演奏時間も白蘭さんに邪魔されるから好きな曲が弾けなくて結局彼の趣味に付き合わされてしまって。
なんて事だろう。彼の毎日は皮肉なくらい僕に似ている。

「あの・・・獄寺さん!」

そんな彼だから僕は運命だと確信した。こんなに似ている僕らだから、きっとそうに違いないと。
だから僕は平凡な日々を変える為、勇気を振り絞って叫ぶ。

「良かったら僕と一緒に演奏を・・・」

してもらえませんか?
一世一代の誘い文句。

しかし僕の勇気はあっけなく、彼の知人の声によってかき消されてしまった。

「隼人!待たせたね!!今日発売の『ハヤリーナとみんなでおうたの章』初回限定CDを無事にゲットしてきたよ!!」

そう言って満面の笑顔で僕らの元に駆け寄ってきた獄寺さんの知人は片手に初回限定CD‐BOX(特大フィギア入り)とこの店での購入特典ポスターを自慢げに掲げながら現れた。その姿を見た瞬間に笑顔を引きつらせる獄寺さん。あぁ・・・どうしよう。今の僕には彼の気持ちが痛いほどよく分かる。
そして獄寺さんの知人として紹介された雲雀恭弥さん。黒髪黒目の典型的なオリエンタル顔の彼は獄寺さんの横に立つ僕を見ると不機嫌そうに眉をひそめた。はぁ・・・美形なだけに睨まれると迫力がある。両手に持ってる商品はあれでそれなモノなので恐さは半減されてますが・・・それはそれで怖いです。

「隼人、こいつ誰」
「入江正一。さっき友達になった正ちゃんだ」
「正ちゃん・・・随分仲良いんだね」
「ばっか・・・お前が心配してるような関係じゃねーよ。ダチだダチ」
「君はそうは言うけど。ほら、君は可愛いから。どこで闇時空から現れた新たなる使者に目をつけられるか分からないし」

雲雀さんはそう言うとぎゅっと獄寺さんを抱きしめた。美形同士の抱擁シーンは目が潤うなぁ、とかちょっと思ってしまったけれど先ほどの雲雀さんの台詞を聞いてるとロマンチックには見えないから不思議だ。抱きしめられてる獄寺さんは心配してもらったのと嫉妬してもらえた嬉しさで台詞まで気にならなかったのか恥ずかしがりながらもまんざらではない様子。

悔しいけど、この二人の雰囲気だけで分かる。獄寺さんは知人だ友達だと誤魔化してたけれどどう見ても二人は“恋人同士”。だってその証拠にこの二人・・・。

「ハヤリン・・・」
「ヒバリン・・・」

ここが店内で人目があるのもはばからず目と目を見詰め合って愛称で呼び始めちゃったよ。このままほおっておけばキスシーン・・・いやそれ以上に発展してしまうんじゃないだろうか。店内の隅で照明が程遠いせいなのか二人のせいか異様に空気がピンク色に感じられた。

「あの・・・すみません。僕、行きますね」

あまりの居心地の悪さにそれだけを搾り出すのがやっとだった。獄寺さんとはもっとお話したいけれど雲雀さんという存在が現れてからは精神衛生上そうも言ってられない。

「あの携帯番号とメルアド・・・交換してもらいませんか?出来れば今度ゆっくりお話したいんで」

僕は最後の抵抗でその場で獄寺さんとメルアドを交換してもらうと、CDショップから全力で走って帰った。雲雀さんはそんな僕の姿が見えなくなるまでずっと睨みつけてた気がする。背中に刺さった視線が痛かった。さらに言えば結局、目当てのCDが変えなかったことも痛かった。


でもそんなの関係ない。僕はついに運命の人を見つけたんだ。
彼なら絶対に分かってくれるに違いない。僕の孤独も・・・僕の苦悩も。
それは雲雀さんという存在を見て確信へと代わった。


「あ、正ちゃんおかえりー。待ってたよ」

自宅へ帰ってきた僕を笑顔で出迎えてくれたのは家族ではなく白蘭さん。彼は僕の帰りが相当待ち遠しかったのか僕の手を強引に引っ張ると僕の家にもかかわらずズンズンと家の奥に進んでいく。彼が向かっているのは多分、防音効果を考えて地下に作られた演奏室。

「今日買ったCDにさ譜面がオマケでついてきたんだけど僕じゃあ読めないから正ちゃん弾いてー」

にっこり笑って差し出された楽譜。彼が何のCDについていたオマケを僕にわたしてきたのか聞かなくても分かる。だって偶然とはいえ、僕はさっき知ってしまったんだから。

「また漫画の曲ですか」
「漫画じゃないよ。アニメだよ。正確には『ハヤリーナとみんなでおうたの章』の曲」
「はいはい・・・」

呆れながらバイオリンを用意する僕。まったく・・・彼のせいで僕のバイオリンが奏でる音色はこんなのばっかりだ。
早く早くと子供のように急かす白蘭さんに宥めながらも準備を進める僕。

本当に・・・こんな僕と獄寺さんは本当に似たもの同士ではないだろうか。笑えてしまうくらいに・・・泣きたくなるくらいに、そんな気がしてならない。きっと彼なら僕の苦悩を分かってくれる。どうしても離れられない相手のオープンにしてもらいがたい独特な趣味につき合わされてる苦労を。


メールにはまず何から書こうか。まずは改めて自己紹介かな。
あとクラシックの事。今日買い損ねたCDの事。それから・・・白蘭さんのこと。

“あの時は話せなかったんですけど、僕にも身近に雲雀さんみたいな相手がいるんです。ただ獄寺さんと違って恋人じゃなくって幼なじみ・・・と言うなの腐れ縁です。彼は俗に言うオタクです。しかもかなりオープンな。僕はアニメとか漫画とか興味がないんですが彼のおかげでディープな世界に巻き込まれてます。秋葉原にもつき合わされました。コミケと言う世界も知りました。同人誌とかも知りました。しかも白蘭さんは自らも本を書くためその手伝いもさせられています。・・・自慢じゃないですがトーン貼りは自他共に認めるほどの腕前になりました。本当はこんな事したくないし趣味ではないんですけど・・・家の中でアニメの主題歌とか聴くのも好みではないんですけど・・・何でか離れられないんです。彼には僕がいないと、という感じなんですかね。自分でもよく分かりませんが。まぁだからこその腐れ縁です。おかげでしなくて良い苦労ばかりが増えて行きます”

きっと文面は他の内容よりも多くなりそうな気がする。けど話せる相手は彼しかいないから。この気苦労を分かってくれるのも彼しかいないから。だから少し愚痴っぽい内容になってしまうかもしれないけど許してもらいたい。



バイオリンを弾きながら考えるのは獄寺さんの事ばかり。もしかしたら彼も今頃どこかで同じ曲を奏でてるかもしれない。そう思うと・・・少しだけうれしい気分になれた。

「正ちゃん、機嫌が良いみたいだね?」

そんなにこの曲が気に入ったの?
見当違いな事を言いながら僕にオマケが入っていたCDを自慢げに見せ付ける白蘭さん。なんとなく、そのジャケットに描かれてた少女は獄寺さんに似ている気がした。

お花なこの方達も登場☆設定では白蘭はオープンオタ。正ちゃんはそんな白蘭につき合わされてる一般人。なんだかんだ言いつつもつかず離れずな名(迷)コンビです。しかし正ちゃんはハヤリーナのファンじゃなくても獄に惚れ、後に正ちゃんつながりで獄に出会った白蘭も『ハヤリーナ』と叫びつつ獄にほれます。まぁ惚れた後は別の名前で呼びますが(苦笑)そのほかにも暗い根深い設定もあったりしますがそれは後ほど・・・。

何気に細かに広がりつつあるオタヒバワールド。書いてる本人は滅茶苦茶楽しいです☆