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「凪・・・あなたは何故ヒロインの役をやろうとはしないんですか?」
何時ものように兄様とはじめたごっこ遊び。何時ものように配役を決めると、今日は“何時も”と違って兄様が私に尋ねてきた。
「ヒロイン・・・それってハヤリーナのこと?」
「それ以外誰がいるんですか」
私が振り分けた配役が別に不満なわけではないのだろう。けど病弱な私に遠慮がちな兄様はその配役に疑問を抱かずにいられないらしい。
私が何時も演じる役。それはヒロインのライバル役のクロローム。
どちらかと言うと悪役に近いキャラで普通の子供になら嫌われてしまう役どころ。けれど私はいつでも何度でもその配役を希望し演じる。私の“ハヤリーナごっこ”は『私がハヤリーナになる事』が目的ではなく『自分がクロロームになるために誰かをハヤリーナにする事』が目的なのだから。
「凪は・・・変わっていますね」
例に漏れず、普通の神経を持つ人だったらそう思うのが当たり前だろう。ヒーロー物に憧れる少年が主人公のリーダー役をやりたがるように、魔法少女に憧れる少女が主人公になりきるように普通なら好きなキャラの役をやりたがるのが基本だ。だけど私は違う。ハヤリーナの事が好きだけど私はハヤリーナになりたいとは思わない。
「だって私は・・・」
大好きな彼女と触れ合える立場でいたいんだもの。
その思いは今だって変わらない。
ごっこ遊びを兄様としていた頃から早十年。15歳になった私は鏡の前で仕上げたばかりの衣装に身を包んでいた。
深緑を基調とした衣服に白いロングブーツと手袋。緑のリボンと数珠状の飾りのついた髪飾りに特殊なデザインの眼帯。髪もムースでまとめ上げればそこにはクロロームになりきった自分が満足げに立っていた。
「髑髏蜘蛛の飾りも明日までには完成する予定だから・・・イベントには余裕で間に合った・・・」
壁にかけてあった手作りのステッキをとると決めポーズの練習。市販のものだと子供サイズなので自分の体系にあわせて作った特別性のステッキだ。それを軽やかに振り回すと私は何パターンかのポーズを決める。
コスプレネーム『クローム・髑髏』
地元のイベントでの知名度は我ながら高いほうだと自負している。ハヤリーナに出てくるクロローム専門のコスプレイヤー。初期のものから最新作までのクロロームの衣装の全てを極めた私は誰もが認める“クロロームにもっとも近い存在”だった。偶然が幸いして私の天然の瞳と髪の色はクロロームに極めて近い。体格もクロロームに近づけるように努力してきたし、露出の衣装に耐え切れるように肉体改造だって怠らない。それも全てハヤリーナを愛するが故。そしてどこまでも完璧を目指す自分の性格ゆえ。
何処までも原作に近いクロロームを演じきれるようになったのはそんな愛と努力の結果なのだ。
「とりあえず・・・兄様に見てもらおうかな」
鏡の前でクルリと回るともう一度ポーズ。どの角度で取られても満足のいくクロロームであるように。私のこだわりは止まらない。誰の目から見ても完璧で絶対のクロロームを。ごっこ遊びを卒業してコスプレイヤーとして目覚めた瞬間から私の気持ちは変わらない。それは全てあの日の気持ちに繋がっているのだ。
―大好きな彼女に触れ合える立場でいたい。
いつの日か現実の世界で完璧なハヤリーナを見つけて触れ合いたい。その為には生半可なコスプレじゃ満足できない。私の求めるハヤリーナは何処までも完璧で純粋な聖域のような存在だから、そんな彼女に吊り合えるように自分も完璧なクロロームでいなくてはならないのだ。何時か出会える“私のハヤリーナ”のために私は“完璧なクロローム”にならなくては。
彼女にいつあえるかは分からないけれど・・・それがもしかしたら再来週のイベント会場でかもしれないし、一年後の地方のイベントかもしれない。その“何時”が分からない以上はどんな時だって気が抜けない。そのためにも一度、同じハヤリーナファンである兄様に見て直すべき所があるかを確認してもらうべきだろう。
私はもう一度鏡の前で最終確認をすると隣の部屋にいる兄を訪ねた。たしか兄も私同様再来週のイベントに向けて準備中(ただコスプレの私と違って兄様は新刊の発行に勤しんでいるはずだ)。昨日は一日、同じ同人仲間である雲雀恭弥の所へいっていたから今日は原稿にかかりっきりだろう。きっと今の時間は自室にいるはずだ。
「兄様、ちょっといい・・・」
中をそっと覗き込みながら尋ねる。ハヤリーナのポスターで見えなくなった壁。テレビからは延々と流れるハヤリーナの最新話。そして本棚が壊れそうなほど詰め込まれたハヤリーナの本(保存用と観賞用ともしもの時用で各3冊ずつ)。相変わらずの兄様の部屋。でもその部屋の住民は・・・昨日までとは様子が違っていた。
昨日まで私の記憶が確かならこの部屋にいる間の兄様は再来週の原稿に躍起になっていたか、テレビを見たまま萌え上がっていたか、ハヤリーナの枕カバーつきのクッションに抱きつきながら眠っていたかのどれかだった。
なのに、今はどうだろう。
自分の携帯を眺めぼーっと上の空。時折溜め息、時折思い出し笑い。物思いにふけったかと思えば、何度も携帯を見たりとじたり・・・と奇行を繰り返す。
「にい・・・さま?」
恐る恐る呼びかけるとやっと私の存在に気付いたのか兄様は携帯から視線を私にうつしてくれた。
「凪・・・ですか」
「はい・・・今度のイベントの衣装を見てもらいに来たの・・・」
「そうですか・・・」
承諾の返事をしながら兄様はまだ上の空。なんだろう、この感じ。心此処にあらずとはまさにこの事なのだろう。
「兄様・・・大丈夫?」
熱でもあるんじゃないだろうか。心配になった私は尋ねるが兄様は静かに首を振る。そして思い切ったように私を見つめると意を決して口を開いた。
「凪、僕は病気になりました」
「病気?・・・それってどんな病気?体は大丈夫なの?」
「体はいたって健康です。けど・・・」
「・・・けど?」
再び大きく溜め息。兄様は携帯を開くとうっとりとしたように呟く。
「心の病気です。・・・・・・・僕は恋の病に落ちてしまったのかもしれません」
「・・・・・・・・・・兄様・・・相手は二次元?」
「三次元です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「にいさま不潔ーーーーー!!!!!!!」
バチーン!
私は全ての思いを平手に込めると兄様の頬を叩いて部屋を飛び出した。
なにかの聞き間違いだと思いたい。何かの勘違いだと思いたい。
だって・・・だってあの兄様が恋煩いだ何て!しかも相手は生身の人間?ありえない、絶対に有り得ない。
10年前にハヤリーナを一緒に見て以来生身の女の子に興味のなかった兄様が!毎年、バレンタインチョコを渡しにきた女の子達に『僕、ハヤリーナ以外に興味ないんですよ』ときっぱり断ってきた兄様が!最近じゃ年齢が満たないにもかかわらず18禁ハヤリーナ同人誌に手を出して『僕はハヤリーナ以外ではたたないかもしれませんね』と爽やかな笑顔で最低な事を言っていた兄様が!!
ありえない・・・何かの悪夢。
私は勢いで自分の部屋に戻ると衣装を着替える間もなく直ぐにベッドに潜り込んだ。部屋の外では兄様が私の事を呼んでいる気がするけど無視。今は答える気になれない。携帯の中を見たわけではないけれどどんな相手であれ兄様が恋に落ちるなんて・・・それはハヤリーナに対する裏切り。そして私に対する裏切り。そう思えてならない。
「私達のハヤリーナへの愛情は・・・そんなものなの?」
違うはず。少なくとも私は違う。完璧で純粋で可愛くって・・・非の打ち所の無いハヤリーナ。私のハヤリーナはそうでなくてはいけないし、兄様だってそう思っていると思っていた。そのハヤリーナへの愛をあっさり捨てるなんて。じわりと目元が濡れてくるのが分かる。悔しさと切なさと・・・なんともやりきれない気持ち。
そんな感情を抱えきれなくなった私は何時しか無き疲れて眠りこけていた。
『・・・ませんね・・は・・・てしまっていて・・・』
きっと、喜ぶと思ったのに。そんな兄様の声が部屋の外から聞こえた。私はその声でゆっくりと目を覚ます。
布団から体を起こせば窓の外は夕暮れ。長い時間不貞寝をしていたのだろう。起きたばかりの私は髪はぼさぼさ、衣装は皺だらけ、鏡の中には完璧なクロロームの姿は無かった。
「はぁ・・・あとでアイロンかけなきゃ・・・」
でも直ぐにハンガーにかけようと思う気力もわかない。ぼーっとベッドに腰掛けて溜め息を繰り返す私。静かな部屋には兄様と寝ている間に来たのであろう客人の声が響き渡っていた。
『妹もハヤリーナが大好きですからね。君にあわせてあげたかったです』
『あ・・・そ、そうなのか』
『クロームはハヤリーナにあう日を夢見てたからね。隼人に会えば感動間違い無しだよ』
『へ・・・へー・・・・』
兄様の声に知らない人の声。もう一人は雲雀恭弥・・・だろう。
私が隣で聞いていることも知らずに3人は私の話題で盛り上がっている。
『本当にハヤリーナが好きな子なんですよ。そのための努力を惜しまない子ですから』
『そうだよね、クロームのクオリティは僕も認めざるえないよ』
『凪のクロロームのこだわりはたいていのものじゃないですからね!』
『前のイベントで着てきたクロロームの私服だって手作りだろう。数カットしか使われなかった衣装にあの手間は愛だよね』
『愛、ですよ。ハヤリーナへの愛』
『僕達も負けてられないね』
『まったくです』
なに同意してるの?兄様はハヤリーナよりも携帯に写っていた人間を選んだんでしょ。・・・私の事を褒めたって許さない。嬉しさと同時に沸々と湧き上がる怒り。
『骸。今度のイベントの新刊はどうなってるの?』
『なんとかギリギリ間に合いそうですよ。今度の最新刊でも僕のハヤリーナへの愛を見せ付けてあげます』
『僕の新刊だって愛がこもってるよ』
『僕だってこもってます』
『僕のほうが上だね』
『いえ、僕のほうが上です』
僕が僕がと問答する兄様と雲雀恭弥。もう一人の声は聞こえてこないが二人の“ハヤリーナへの愛は僕のほうが上”論争は白熱の一方だ。別にどっちが上だってかまわない。かまわないけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり腹が立つ。
私は勢いよくベッドから立ち上がると隣の部屋へと奇襲をかけた。
「ハヤリーナへの愛は私が一番なんだから!」
そんな叫びと共に大きく開いた扉。扉の向こうでは驚いたように見開かれた6つの瞳が私を見つめる。
雲雀恭弥の髪を掴む歪んだ顔の兄様。
兄様に髪を引っ張られながらも兄様の頬をつねり返す雲雀恭弥。
そして最後の一人は・・・・・・・・・・
「・・・ハヤリーナ?」
「お前は・・・たしか・・・えっと・・・クロローム・・・か?」
私の前にいるハヤリーナは首を捻るような仕草をすると思い出したように私を指差す。
「わぉ、隼人。ハヤリーナのキャラの名前少しは覚えたんだね」
「お前に付き合ってみてれば主要キャラの何人かは覚えるよ」
雲雀恭弥と苦笑気味に談笑するハヤリーナ。
なにこれ・・・夢じゃないかしら。
銀色の髪も完璧。キラキラ輝く緑色の瞳だって偽者じゃない。ペタンこな体系も原作のハヤリーナと同じ。
ずっと・・・ずっと待ってた。この子こそ私の描いていた完璧なハヤリーナじゃないかしら。
「ハヤリーナ!」
私はハヤリーナの手を掴むと思いのたけを伝える。何十年も待ち続けた瞬間。
「ずっと、こうしたかった・・・」
貴方とこうして触れ合える日を待っていたの。
私は貴方だけの完璧なクロローム。
私は貴方に会うためにずっと努力してきたの。
だからお願いハヤリーナ。
「私の為に完璧なハヤリーナを極めて!」
笑顔を浮かべる私にフルフルと震えて固まってしまったハヤリーナ。でも覚悟してね。もう絶対に離さないんだから。
だって私は貴方の完璧なクロローム。
そして貴方は私の完璧なハヤリーナなんですもの。
こんな私の愛の形を歪んでると貴方は笑うかしら?
ナンワレ鈴木さんに捧げます!
オタヒバ番外編ことB面第二段です!今回の主役はクロームさん・・・ということでこれでオタヒバを固める主要キャラがそろいましたv某M予備軍も集結ですよw
オタヒバの獄は彼氏である雲雀さんに色々されちゃいますがこの六道兄妹が加わることでさらにカオス度がアップ☆獄の苦悩の日々がさらに加速するわけです。しかもこのクロームさんは健全なヤンデレと鈴木さんからお墨付きもいただきましたvなんだ健全なヤンデレって感じですが、なるほど納得です。しかしオタヒバのクロ獄は百合カプ・・・になるのかな?
それではこんな作品ですがどうぞ受け取ってください!これからもナンワレ嫁は旦那のオタヒバを裏方で応援しておりますっ! |
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