それは忘れることの出来ない出会い。
硝子の壁に阻まれた僕とあの子との恋が始まった瞬間でした。


それは何時もの放課後。僕はいつもより急ぎ足で帰路についていました。今日は大好きな特撮番組の放送日。放送開始は5時からですが僕が遊んでいた公園を出たのが4時半。いつものようにのんびりと歩いて帰ったのではギリギリの時間になってしまう・・・。僕はそんな焦りを感じながら家への道を歩いていました。

(オープニング曲なら見逃すのはかまいませんがあの番組は歌の前にも本編が少し入るのが少々厄介ですね)

僅かでも見逃したくない。だって見逃せば明日の幼稚園での話題に取り残されてしまうのは目に見えています。僕たちの年頃の男の子の中では政治の世界や異国の戦争よりも今日、あの番組の中でヒーロー達がどんな活躍をして事件を解決するかの方が気になる話題だったのです。
あと20分、あと15分。チラチラと見える公園や小学校の外壁に備え付けられている時計を見ながら近づく放送時間までを心の中でカウントダウンします。

(大丈夫です。まだ間に合います)

焦って転びでもしたらそれこそ馬鹿みたいです。実際、僕は放送開始の10分前には何とか無事に家の玄関に入る事が出来ました。さっきまで公園で遊んでいた玩具を部屋においてテレビのある茶の間に向かってもまだ余裕があります。ほっと胸をなでおろす僕。しかし、胸をなでおろした瞬間・・・僕は信じられない事実に気がつきました。僕の妹の凪が、僕より先にテレビの前を陣取っていたのです。
彼女の服は私服で無くパジャマでした。額には冷え冷えシート。テレビの前にはわざわざ彼女用の布団も引かれていました。生まれつき体の弱い妹です。今日も幼稚園を休んで一日、テレビを相手にしていたのでしょう。その様子は手に取るように分かりました。

「ただいま、凪」

「・・・お帰りお兄様」

何時もよりかすれた声で布団から頭を上げずに凪は僕に返事をしました。時折聞こえる短い咳。荒い息使い。毎週のように寝込む妹の額に手を当てて僕は考え込みます。

妹は・・・ハッキリ言ってあの特撮番組が嫌いです。戦うシーンや爆発のシーンは体と一緒に弱い彼女の心にはショックが大きすぎるのです。
それが分かっていて僕は妹の目の前で一緒にあの番組を見る気にはなれませんでした。けれど弱りきった妹を一人で別室に追いやるのも気が引けます。

「・・・・しょうがないですね」

僕は凪に気づかれないように溜め息をつくとテレビの横の棚から新品のビデオテープを取り出しました。放送まであと2分あります。今からビデオをセットして録画したのを後で見ればよい話です。

「そういえば・・・凪は5時から見る番組は決まってるんですか?」

僕は新品のビデオの包みを剥がしながら世間話のかわりに尋ねました。本当はこのあとの時間にやる特撮番組以外興味はなかったのですが、乗りかかった船と言う奴です。気まぐれながらもなんとなく見るもののなくなった僕は妹の見る番組に付き合ってあげようという気になっていました。
妹は僕のそんな気持ちに気付いたのか少し悩むとテレビ欄を指差して呟きます。

「虹のプリンセス・・・ハヤリーナ・・・今日からね、始まる番組なの」

クハハハハ。タイトルだけで想像できる女の子向け番組ですね。特撮番組を見ずにそんなベタベタな魔法少女アニメなんて見てたとばれたら明日から僕は幼稚園の同性を中心にハブにされるでしょう。思わず浮かぶ苦笑。角度がいいのか凪には運良くばれてはいないようです。

「それは面白そうですね」

なんてベタな社交辞令。放送開始まであと1分。僕はビデオをデッキに入れるとテレビ画面に向かって顔を上げました。

流れるCM。何時も見る宣伝。しかし次の瞬間現れたのは・・・。



『テレビをみるときは離れて見ようね!ハヤリーナとの約束だよ☆』



銀の髪の天使。体の中を突き抜ける電流。

「ラピュタは・・・此処にあったんですね」

無意識に口から出た言葉。気がつけば、僕は無意識に、今見ているハヤリーナのチャンネルを録画し始めていました。





それから早10年。僕は立派なオタクになっていました。オタクといってもハヤリーナオタクです。しかも今放送している新しいハヤリーナでなく初期からの、です。これは譲れないポイントであり僕の誇り。・・・そして放送開始日にハヤリーナが打ち切りになった原因を作った番組を見ようとしていたことは僕の黒歴史になっていました。

「まぁでもあの日から僕はハヤリーナ一筋ですからね。色んなアニメを見てきましたがハヤリーナを超えられる子に出会った事がありません」

「それは同感だよ。ハヤリーナを超えられる魔法少女が現れるなんて僕も考えてないさ」

「なら、ですよ」

「うん」

「なんで三次元(生身の人間)に恋をしたりするんですか!」

僕はドンと音が出るくらい乱暴に机を叩いていました。目の前に座る人物・・・雲雀恭弥はそれに臆することなく胸を張ると負けずに僕の目を見つめながら言い切ります。

「僕だって信じられないよ!二次元・・・以外にこんな興味を持つ日が来るなんて・・・」

ポツリポツリと語る彼は本気で自分が信じられない様子です。それもそうでしょう。彼は僕も認めるハヤリーナオタク。僕同様、初期の虹のプリンセスハヤリーナの代からの根深いファンであり、対立するカップリングとはいえ僕と人気を二分するハヤリーナ同人作家のトップの一人でもあるのですから。

「そんな君が何故・・・・」

一度落ち着くためにカップに注いだ紅茶を一口含むと僕と雲雀君はフーと長い息をつきました。

「三次元ですよ?生身の人間なんですよ?」

「分かってるよ」

「生きてるんですよ?僕達と同じ生き物なんですよ?」

「・・・・・・・分かってるって!」

けど、しょうがないじゃないか。憎々しくそう呟くと彼はポツリと言いました。そこまで自分を追い詰めて・・・一体何が彼をそうさせるのか分かりません。けれど次の一言で僕は(パイナップルの)毛先からつま先まで冷静になる事が出来ました。

「だって・・・その子、ハヤリーナに似てるんだ!!」

「脳内彼女ですか、雲雀君」

コンマの単位で僕の入れたツッコミ。雲雀君はそれに仕込みトンファーで答えてくれました。

「ごふ・・・あ、危ないですね!僕じゃなかったら当たってましたよ」

「・・・・・・・噛み殺す」

「あ、それはバードaの決め台詞ですね!」

「君とはもう口聞かない」

「それはハヤリーナ第二期(ビルーチェ)の第4話『ハヤリーナと、鏡の国と、リンネの接近』の時のリンネと対面したバードaの台詞・・・流石、雲雀君。良い台詞回しです」

褒めちぎる僕。けれど雲雀君は無言で僕を睨みつけてました。

「本当に口を聞かないつもりなんですね」

「・・・・同話のリンネが返した台詞だね。まぁでも今はハヤリーナの談義は良いや。止まらなくなるし」

「それは確かにそうですね。このまま2〜3時間・・・いやオールでやりかねませんからね、僕たちの場合」

事実、過去にノリに乗って翌日の朝日を迎えたのは遠くない記憶です。ハヤリーナごっこはやり始めたらとめることの出来ない麻薬のようなものです。恐ろしい話です。

「で、なんでしたっけね。雲雀君の脳内彼女の話でしょうか」

「脳内彼女じゃない。実在するんだ」

「・・・・・・・・・」

「そんな可哀想な目で僕を見るな!」

「だって・・・とうとうそこまで・・・雲雀君、18禁じゃありませんが僕の秘蔵のハヤリーナ同人誌貸しましょうか?」

「別に欲求不満じゃないし!・・・・借りてくけどさ」

そういう素直なところが雲雀君らしいです。まだこういう反応を返すあたりリハビリの余地はあるのでしょうか?こうなれば悪友という名の親友。ライバルという名の心の友。僕が彼の妄想を這いであげましょう。決意も新たにそう思った瞬間、彼は懐から取り出した携帯の画面を僕に向けて差し出しました。
その彼の姿は水戸のご隠居、ミツエモンさんの決めポーズ。・・・・しかし僕にはそう言って茶化す余裕はありませんでした。だって彼の携帯に映し出された待ち受け画面は・・・。

「ラピュタは・・・此処にあったんですね」

それはあの日、初めてハヤリーナを目に焼き付けた瞬間の僕の言葉。燃え上がる胸の炎。

いや、この時の僕の状態は正しくは
萌え上がっていたといっても過言ではないでしょう。

キラキラ輝く銀の髪、美しく彩られた緑の瞳。そして愛くるしいフェイス。

まさにTHEハヤリーナ。見聞の狭さを思い知らされた瞬間でした。
三次元でまさか・・・まさかこんなに萌えられるものなんて!!!!!僕の頬はきっと赤く染め上がっているのでしょう。体はだらしなく震えているのでしょう。表情だって緩みきってるのは分かります。けど、けど・・・本能のまま叫ばずに入られません。

「この子こそ・・・僕の魔法使い!」

これこそ、僕と僕らの十年来の恋心をかけた日々の始まりなのでした。


ナンワレに捧げます!いつも素敵なオタヒバを書いていただいているのでそのお礼の押し付け作品ですですw別名オタヒバB面。骸さんも素敵にオタク設定とメッセで語り合った内容を前面に出しました。けどまだ某予備軍3人の内の2人しか出てませんからね。これからがオタヒバも本番・・・そして本領発揮です。世界に広がれオタヒバの輪!ヒビキさんはオタヒバを応援しておりますv