俺の目の前で十代目は額に銃を突きつけられていた。微笑みながら拳銃の引き金に指を伸ばしてるのはミルフィオーレのボスである白蘭。
俺の立ち位置からはもう叫ぶことしか出来なくて、白蘭の手を止めることは出来なくて、ただ最後まで敵に対して不敵な笑みを浮かべる十代目を見守ることしか出来なかった。

悔しい。何が守護者だ。何が右腕だ。
俺は何もせずただ黙ってこの状況を見るしか出来ないのか。
畜生。
もしも・・・もしも『もう一度』が許されると言うのなら、俺はこんな未来変えてやる。

そんな俺の願いが届いたのか。白蘭の指が引き金を引く直前俺の視界を白い煙が覆った。この光景は見覚えがある。ランボが使っていた十年バーズーカを使用するときの白煙だ。過去に旅立つ俺を不思議そうに見つめる白蘭と何事かと笑みを崩す十代目。その傍らでは白蘭の右腕の入江正一も訳が分からないまま消えていく俺を見つめていた。


待っていてください、十代目。俺はこんな運命を変えて見せます。
ボンゴレがミルフィオーレに壊滅させられる未来も、貴方が白蘭に殺される世界も変えてご覧に見せます。
きっとこれは神様が俺にくれたチャンスだから・・・そう信じてます。


霞んでいく視界。浮かび上がるような感覚に襲われる身体。
過去に旅立つ直前で俺の名前を呼んだのは不思議なことに十代目じゃなく・・・白蘭の声だった。





晴れてゆく靄。あの悪夢のような現在から過去にやってきた俺。最初に目を覚ましたところは懐かしい並盛中学校の保健室だった。ぴーぴーとうるさい声に目をやれば俺に下敷きにされて泣きじゃくるランボの姿。確か過去の記憶が確かならこの時の俺は突然校内に現れた姉貴を見て腹を壊して保健室で休んでたんだっけ。それから意味もなく中学校に遊びに来ていたランボとイーピンが保健室に見舞いの名目で乱入してきて、見舞いにもかかわらず騒ぎ立てるランボに腹を立てた俺が一発ランボを殴った、と。その後泣きじゃくるランボの10年バズーカを取り出しイーピンがランボを止めるために餃子拳を振るった結果、ランボの手にあった10年バズーカは所持者の意思に反した動きをして壁に数回ぶつかったあと俺に当たってしまった・・・んだったな。思い出したぞ、うん。とりあえず、現状を把握した俺はランボを引き上げえるとベッドに座らせる。そしてどうにか泣き止ませ、一息ついてると背後から変態スケコマ藪医者が俺の腰に突然抱きついてきた。そういえば、ここは保健室なんだからいたんだよな。久しぶりに見る顔に懐かしさを覚えるが興奮しているシャマルはなかなか俺の腰から離れようとしない。「十年後の隼人はビアンキちゃんに似て別嬪に育ったなぁv色んなところが立派になってて嬉しいぜ」とか言いながら胸を触ってきたので男の急所に手加減無しで腕を振り下ろしてやった。カエルが潰れたような声をあげるとシャマルはその場にうずくまってしまったが俺は悪くない、多分。それよりなにより俺にはこんな所でのんびりしている暇は無いのだ。
俺は早く未来を変えなければいけない。あの惨劇を変えなくてはいけないのだ。
十年バズーカを食らったところをシャマルが目撃してくれてたおかげで未来の俺という事をシャマルはあっさり納得してくれた。そして尋常じゃない俺の様子を察してくれたのか奴にしては珍しく「美人が困ってるならおじさん協力するぜ〜」と協力も惜しまないと言う。腐っても師匠と言うところか。未来の俺は10年前の世界では頼れる相手が少ない。言葉に甘えておおざっぱな事情を話すと奴に未来を変える手伝いをしてもらうことにした。

白蘭を殺せばあの未来は変えられると踏んだ俺は昔、読んだ資料を手がかりにシャマルに10年前の白蘭の行方を捜してもらうことにした。そしてこれも記憶が確かなら俺は一ヶ月近くバズーカで入れ替わりしていた期間があったはずだ。シャマルから10年前の俺の学生鞄を預かると中に入っていた鍵を使って俺は昔の家に帰ることにする。たまたまマンションの入り口で大家とすれ違ったが中学生の俺が暫く並盛を離れるので親戚の俺が部屋を預かることにしたというとあっさり納得してくれた。「やっぱり身内同士顔がそっくりね」と大家の奥さんがいってたがまさか本人とは言えずに苦笑いを浮かべる。けどこれで入れ替わっている間、中学生の俺が帰ってこなくてもかわりに大人の俺が出入りしてても怪しまれないはすだ。暫くは過去の我が家を本拠地に動くことにしよう。あと服も買わなければいけない。今着ている黒いスーツは10年前の日本では目立ちすぎる。幸い、シャマルにわたされた学生鞄の中に現金は無かったが財布にはカードが入っていた。イタリアにいた頃やってた仕事のおかげで残高の心配は無いはずだ。夕食代わりのパンと服を何着か買い込むと俺は早めに就寝を取る。早ければシャマルのことだから明日までには白蘭の情報を掴んでくれるだろう。奴の仕事の早さに期待しながら俺は懐かしい部屋で眠りについた。

翌日。朝食の時間を少し回った頃、シャマルから連絡が入った。奴の情報によると10年前の白蘭は隣の県にあるアパートに住んでいるらしい。大雑把な場所を書いた地図をメールでもらうと俺は昨日買ったばかりの服に袖を通し、早速言われた住所へと向かった。
電車に揺られること二時間。並盛を離れ俺は見知らぬ町を歩いていた。都会から少し離れたベッドタウン、といった所だろうか。閑静な住宅地には似たような建物が並び番地も飛び飛びで分かりにくい。地元の人に聞いても住所のみでは分かりにくい土地らしく、俺は聞き込みに手間取った。まぁ手間取ったのは俺の外見のせいもあるが。日本語で話しかけても逃げられる始末。日本人と言うのは外国人に弱いらしい。それでもなんとか正午になる前には住所に書かれたアパートを見つけ出すと俺は部屋番号を見ながら階段を上った。一段上るたびにきしむような軽く見積もって築30年以上経つのではないかと思われるおんぼろアパート。壁も所々かけており時代を感じさせる。
・・・・未来のミルフィオーレのボスがこんなところに住んでいるのか?はなはな疑問に駆られるがシャマルの教えられた部屋の番号を見つけ出せば横には今の名前になる前の白蘭の名前とその保護者と思わしき名前があった。俺は覚悟を決めてインターホンをならす。しかし何度チャイムを響かせても中からの反応は皆無だった。留守なのだろうか?平日の昼間という時間のせいか中からチャイムに反応する気配は無い。俺は駄目元でチャイムを慣らしていた手をドアノブへ回す。するとどうだろう。扉は思いのほか簡単に開いてしまった。
いくら平和の国の日本とはいえ油断しすぎる。けど今回の俺はそれに甘えさせてもらう立場だからなんともいえないだろう。俺は恐る恐る扉を開けると中に入った。昼間というのに中は真っ暗でカーテンからもれる日光が僅かに部屋を明るくしていた。薄暗い中、足の踏み場が無いくらいあらされている室内を俺は探索する。外観からして部屋数はそれほど多くないだろう。俺はゆっくりと一歩一歩をかみ締めながら奥へ進んでいった。
そして奥の部屋で俺が見つけたのは小さな山。毛布にくるまれた小さな子供。毛布から零れているのは白い髪の毛。か細い呼吸をくり返し、カビの生えたパンを握り締めた子供はぐったりした様子で毛布の中にいた。思わず駆け寄り抱きかかえた俺。子供はそれに気付いたのかうっすら目を開けると笑顔を浮かべて両手を伸ばしながら俺に言った。




「ぼくよい子でまってたよ」

それだけ言うと子供は手に持ったいたものを俺にわたし再び目を閉じる。わたされたものは薄汚れた手紙。それをわたすために伸ばされた掌を握り返した俺は、あまりに弱々しいその笑顔に何故だか涙が止まらなかった。そしてこの子供が未来の白蘭だと分かっているのに俺は何も出来ずにいた。罪悪感?同情心?ただこの時、俺にはこの子供を殺すことは出来なかった。細い首に手をかければあっという間に折れてしまうだろうに、懐に閉まっていた銃の引き金をひけば脆くも散らせる命だろうに俺には何も出来なかったのだ。
幼い白蘭が眠っているうちにシャマルに電話した俺は、白蘭を抱きかかえて並盛へと向かった。電車での移動中に目を覚ますかとも思ったが予想以上に弱っているのが白蘭は目を覚まさなかった。それもそうだろう。俺が白蘭が眠る前に俺に渡してきた・・・コイツの母親の残した手紙の日付は3週間前のものだったのだから。よそに男が出来たこと、子供が邪魔なこと、見つけた人に子供を任せること。自分勝手な内容に腹を立てながらも俺は白蘭が最初に言った言葉を思い出す。

“ぼくよい子でまってたよ”

白蘭はただの留守番だと信じて待っていたんだ。誰かが迎えに来るのを何日も、たった一人で。それはどんなに淋しかったんだろう。俺は腕の中で眠ったままの幼い身体を抱きしめる。10年前の白蘭はまだ幼稚園くらいのはずだ。まだ親に甘えたい年頃のはずなのにコイツはずっと健気に待っていたんだ。そう思うと憎い仇でも不憫に思えてきた。

このまま殺すには可哀想過ぎる。

俺は並盛につくとシャマルに頼み込んで診察をお願いした。男でしかも子供相手ということで渋っていたが白蘭の衰弱ぷりに奴の医者としての本能が動かされたのだろう。文句混じりながらも栄養剤の点滴をうってくれた。極度の栄養失調による衰弱。シャマルは診断を告げると俺に尋ねた。このままコイツをどうするんだ、と。俺は直ぐには答えられなかった。シャマルの言いたいことは分かる。俺はこの子供を殺すためにシャマルに探し出すよう協力してもらったのだから。なのにほっとけば何もせずに死ぬであろう幼い白蘭を俺はわざわざシャマルに託した。自分の行動が支離滅裂なのは充分承知している。ただ点滴が終わっても目を覚まさなかった白蘭を見て俺の心は一つの決意を固めていた。

「すこしくらいは幸せな日々を味あわせてやりてーんだ」

エゴでも何でもかまわない。自己満足と言われてののしられたっていい。だがそう言った俺をシャマルは俺を攻めなかった。ただ溜め息をついて「お前の好きにすればいいさ」と笑って呆れていた。点滴を終えた白蘭の身体を抱き上げて俺は10年前の我が家に帰る。シャマルは俺が幼い白蘭を連れて帰る事を認める上で一つ約束を定めた。それはかならず毎日定期的にシャマルに電話をするということ。用があっても無くても必ず一度は声を聞かせろ、ということらしい。それを約束させるとシャマルは小さな白蘭を俺の腕に抱かせた。抱きしめた身体から無意識に零れた「ママ」という言葉を聞いたとき俺は憎しみも何もかも忘れてまた泣いた。





あぁ、そうか。コイツに俺は重ねてみてるのかもしれない。
母親を亡くして独りぼっちだった小さな俺に。





俺が白蘭を保護して丸二日後。眠っていた間ずっと続けていた点滴のおかげか何の前触れもなく白蘭はパチリと目を覚ました。まだ弱々しく本来の調子が取り戻せてないせいか白蘭は見たことも無い俺の部屋で起きても見ず知らずの俺が横にいても驚きもしなかった。ただ温かな毛布に包まってにっこりと微笑んでいた。

「まだ、笑える余裕は無いだろ。無理すんなよ」

目覚めたばかりの子供にそういうが白蘭は起きてからずっと笑みを絶やさない。そういえばコイツは未来でもずっと笑顔を浮かべていたな。癖なのだろうか?そう思っていると白蘭は舌足らずな口調で俺に告げた。

「だってないたらおこられるもん」
「おこられたらなぐられるもん」
「笑ってればなかなくてすむから」

幼い口調が俺の心を締め付ける。僅かな言葉と白蘭の様子が俺にこの子供の生まれてからの数年間を教えてくれた。
そして俺は知らないうちに小さな白蘭を抱きしめる。自らの手で殺すと決めた命を悲しみと愛しさから抱きしめた。白蘭は俺の腕の中で呆然としていた。俺は自らの誓いに嘘をついた。


ごめんなさい、十代目。俺にはコイツを殺せません。


この白蘭を殺して未来を変えることは俺には出来ない。そう思った。たった数日前の話なのに、まだ数回しか会話していない相手なのに殺すのは惜しいと思ってしまったのだ。
無邪気で哀れな子供。こいつが伸ばした小さな手を握り返したときに全ては決まっていたのかもしれない。


その日の夜、俺はシャマルに敵の電話をかけた。そして一言告げた。

「俺はコイツを真っ当に育てる」

と。こいつは殺せないが未来は変えたい。矛盾した思いが生んだ答えだった。
俺に出来るかわからないけれど白蘭に平凡を幸せを味あわせてやれば未来は変えられるんじゃないかと、未来のような冷酷な性格にならないように修正してやればあの惨劇は回避できるんじゃないかと甘い期待を信じて。三つ子の魂百までという言葉もこの国にはある。駄目ならその時は俺の手で殺せばいい。ただ少しでもこいつを殺さないで済む可能性があるなら俺はそれに賭けたいと思っていた。


電話の向こうでシャマルが笑っていた。俺の足元では電話中の俺に甘えるように白蘭が笑っている。


俺が10年前の世界に来て3日目。全ての土台はこの時固まった。



子白蘭シリーズスタート☆