「遠足?」

「えんそく」

「塩素食う?」


驚きながら尋ねるツナ、それに答える山本に不思議そうに会話に混ざるハヤトちゃん。季節の変わり目に風邪を引いたツナは3日ぶりに訪れた学校についた途端、山本からこの話題を振られた。


「ツナ達が休んでる間に班決めとか終わったからそれを確認しとこうと思って、な」

「遠足・・・・」

「あ、その顔だと遠足あること忘れてただろ」


ツナはあははと困った笑いを浮かべる。山本の言うとおりだ。学校行事に積極的ではないツナはまったくといってもいいほどこの手のイベントが頭に入ってなかった。というか気にしていなかった。


「じゅーだいめ?」

「ん、どうしたの、ハヤトちゃん」

「塩素食うんですか?」


きょとんとした顔で尋ねる少女。頭はこの教室にいる生徒達よりいいけれど日本語がまだ不自由の部類に入る少女はさっきから興味深げに会話を聞いている。


「塩素・・・食べたら体にトッスィコ(毒)ですよ?」

「いや・・・ちがうって」

「食べないですか?」


心配そうに見上げてくる少女。思えば彼女は風邪で寝込んだというだけでツナに付き添ってこの3日、一緒に学校を休んだのだ。これ以上、ハヤトちゃんを心配させるのを不憫に思ったツナは山本から渡された「遠足のしおり」を広げながら説明する。


「塩素食う、じゃなくって遠足。こういう字を書くの」

「遠い・・・足?これはなんていうアッフエツィオーネ(病気)ですか!?」

「ア・・・フィ?まぁ良くわからないけどハヤトちゃんが考えてるのとは別物だよ」


多分、と心の中で付け足すツナ。ハヤトが会話に混ぜるイタリア語の意味は分からなかったが心配そうにしていた顔をさらに深刻そうにしたのを見て何か誤解してるのだけは理解できた。
どうも、塩素という言葉は知ってるのに遠足を知らないというのはどういった日本語教育を受けてきたのだろう。苦笑しながら横目を向ければ山本がらい息遣いで萌えてるのが見えたのでツナは山本から庇うように身を乗り出してさらに説明を続けた。


「遠足って言うのは日帰りで行く・・・うーんピクニック?みたいなものかな」

「ピクニックですか!ハヤト、じゅーだいめとピクニック行きたいです!」

「うん、そうだね。お弁当を持っておやつをもって・・・えっと具体的に何するかはその時々で変わるけど色んなところを見て回るのが遠足だよ」

「おやつ!学校におやつを持ってきていいんですか!」

「うん、この日だけは特別にネ」


おやつという言葉を聞いて目を輝かせるハヤト。その幼い表情に誤解が解けた事を安心しながらツナは遠足のしおりをぱらぱらとめくる。
休んでいる間に決められたという班決め。班毎の名前が書かれたページを見つけるとツナはそこに視線を落とした。


ツナの名前の3行ほど下にある獄寺隼人の字。
誰かが気を使って同じ班にしてくれてたらしい。まぁ彼女のツナへの懐きっぷりは校内なら知らないものがいないくらい有名だ。別の班にした日には泣き叫ぶのがオチだろう。
しかし、それはさておき・・・・。


「山本・・・」

「なんだ、ツナ?」

「同じ班なんだ」

「おぉ!班を分けるときにしっかり入れといたぞ」


なんたって俺達友達だもんな。そういいながら爽やかな笑顔で親指を突き出す山本。だがその笑顔の中に一筋の鼻血を見たとき、ツナは遠い目をしながら上辺だけの肯定をした。


そうだよね、俺達友達だもんね。
けどお前・・・俺をダシにしてハヤトちゃんと同じ班になりたかっただけだろう。


心の中で思いつつも口には出さない。ちょっぴり大人のやり方がわかったツナであった。