レコードの前に佇む犬のシルエットを見て貴方は不思議そうに呟きました。


“ねぇ、この犬って何をしてるのかな”


それを聞いて俺は答えました。


“これは死んだ主人の声をレコードで聞いているんですよ”


その言葉を聞いたとき、貴方は何を思ったんでしょうかね?俺はその時、貴方の背中しか見てなかったので貴方の顔は見えませんでした。

あれから十数年経ちました。
貴方はあのときのことを覚えていましたか?
俺はこの瞬間まで、忘れてました。


でもその事を謝罪する事が出来なくて、俺は悔しくてなりません。





貴方を冷たい土の中に眠らせた日。
俺は貴方からの手紙を見つけました。

なんで分かっていたんでしょうね。
ここ数日を一つ一つ見ながらそう思わずにいられません。


貴方の跡継ぎになる十一代目は生前から行われていた
リボーンさんの教育のおかげで、明日には襲名する事になりそうです。
同盟ファミリーもキャバローネやトマゾのおかげで暴動も起こることなく静かなものです。ボンゴレ内も貴方が育てた部下や昔からの旧友達のおかげで大きな騒動も起きてません。


まるで前もって用意されていたかのように。


何もおこらないから俺には全てが現実で無い気がしてなりません。
誰かが半狂乱になれば、俺はそれが悲しみに繋がるでしょう。
誰かが暴走すれば、俺はそれが怒りに変わるでしょう。
でも誰も動揺すらしないから、全てが劇の中のように別の世界の話のような気がしてなりません。

信じられないんです。
貴方が死んだなんて。

でも一つ一つ無くなっていく貴方の私物や、匂いや、気配や、影すらなくなってしまうと現実は俺に言ってきます。もう貴方はいないのだと。もう俺に話しかけることも笑いかけることも無いのだと。

なんてそれは残酷な事でしょう。
でもそんな時、俺は貴方からの手紙を見つけました。

貴方の仕事部屋で遺品を整理し、怖いくらい片付いた部屋で一人窓枠に腰掛けたときソレを見つけたんです。ソレは腰掛けてふと見上げた所にありました。

普段から良く来ていた部屋ですが、存在を知ったのは初めてです。


そう、それはこの角度からしか見えないようにしてあったからなんですね。



読み終わって分かりました。手紙には宛名はありませんでした。でも中身は日本語で書かれていました。このイタリアの地で日本語の手紙を読める人物は僅かです。そしてその僅かな人物に俺はあたります。

手紙の出だしはこうでした。


“どうか、この手紙を読んだなら俺の後を追わないで”


その瞬間、強い風が吹いて窓が閉まりました。


“俺は満足だった。
 俺は幸せだった。
 俺は強くなれた。
 俺は後悔してない。
 俺は・・・”


何行にわたって書かれていた文章は誰かに言い聞かせるようでした。

この道を選んで自分の幸せだと。
この道で果てたのは自分の意思だと。
この道を進んだ事を自分は後悔してないと。


それは慰めであり、説得であり、貴方の言葉でした。
そして命令でもありました。


貴方は分かっていたんですね。あの窓枠に腰掛けたとき、ふと俺が身を外に投げようと思っていたことも。丁度、その時の目線で気づくように手紙を仕込ませておいた事も。それを読むのが俺であったことも。

全部、全部、全部、分かっていたんですね。

だから命令するんですね。貴方の後を追うなと。



宛名の無い手紙には、差出人の名前もありませんでした。


でも俺は思いました。
これは貴方から俺への手紙だと。



あの日、犬の話を聞いた貴方は俺のことを思ってくれたんですね。
そしてそんな些細な事を、ずっと覚えててくれたんですね。



命令は守ります。コレは貴方の言葉だから。
だけど、ひとつだけ守れそうにありません。

あなたの最後の言葉。
最後の命令。
最後の願い。


“この手紙を最後まで読んだなら・・・どうか泣かないで。俺のために”


俺はそこで初めて貴方の死に涙を流しました。


ごめんなさい。
すいません。
優しい貴方はきっとこんな俺を見て困っているんでしょうね。


でもその事も貴方にもう二度と謝罪する事が出来なくて、俺は・・・悔しくてなりません。


だけど、どうか心配しないでください。
貴方の言葉は確かに届きましたから。

どうか、安らかな眠りを―――祈っています。




初のリボーンで死にネタ。犬は某有名な音楽メーカーのワンコです。