「ごーくでら!はずかしいからって逃げることはないだろう!」


今から約5年ほど前の並盛公園。
そこで幼い山本武は同じく幼い隼人の手を取ってズンズンと歩いていた。


「ひっく・・・・ふぇ・・・・・」


大きな瞳いっぱいに涙をためる隼人。表情は怯えきっており歩きながらプルプルと震えていたが、前を歩く山本はそれに気づかない。
いや、気づこうとしない、が正しいか。最初の台詞から感じ取れるように彼は数年前からこの調子だった。


「うぇ・・・やだ・・・キョウちゃんとこかえる・・・」
「なーに言ってるんだよ。今日は俺とデートの約束しただろ」
「してないもん・・・もうやだ・・・かえるぅ・・・」


鼻をすすりながら何度も同じ言葉を繰り返す。やだ、かえりたい、いきたくない。
そもそも彼が言う約束に隼人は心あたりがなかった。

今朝起きたら急に家の外にひっぱり出され、そのまま手を引いて町内や公園を連れまわされているのだ。

隼人は今日は買ったばかりの絵本を『キョウちゃん』と一緒に読むつもりだった。そしてその後に一緒に食べようとお菓子だって用意していたのだ。けれどそれらの品は現在、山本の手の中で『人質』ならぬ『物質』として収められている。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。先日まで考えていた楽しい一日は悪夢のような一日とかそうとしている。隼人はそう思ったらまた涙がこぼれてきた。


「さぁ、ついた」


隼人が物思いにふけっていると突然山本が立ち止まった。
場所は公園の噴水の前にあるベンチ。山本はそこに隼人を座らせると隣に腰掛ける。


「じゃあ一緒に読もう」


勝手に絵本とお菓子を広げる山本。だが山本が一枚目のクッキーに手をかけようとした瞬間、隼人は手を力いっぱい振り払い山本の頬をひっぱたいた。


「うぅ・・・もう・・・いやぁ!」


涙声ながらも精一杯睨みつける。さっきから嫌なことだらけだ。
丸半日強引に連れまわすし、絵本は勝手に読まれるし、他の人のために用意しておいたお菓子は食べようとする。
そもそも、前から思っていたのだが隼人は山本の意味不明な言動も苦手だ。なんというかこっちからの嫌悪感を汲み取ろうとしない馴れ馴れしい態度。自分に都合よくしか受け取らない行動。
普段から遊びといってはスカートをめくられたり、髪を引っ張られたり・・・。

以上の点から含めて隼人の中に山本への友好的な感情は一転も無かった。


「ハヤト・・・もうおうちにかえるの!キョウちゃんのところ行くの!」


たどたどしくも自分の意思を叫ぶ隼人。けれど必死に叫ぶ隼人を見つめる山本はわけが分からないと言わんがばかりに不思議そうな顔を浮かべていた。


「かえるって・・・今日は一日、俺とデートする約束だっただろ?」
「しらないもん!ハヤト、約束して無いもん」
「したって。俺しっかり覚えてるもん」


昨日の俺の夢の中で。そういわれて隼人は固まった。
そして数秒後に立ち直ると、今言われた言葉を理解して・・・大声で泣き出す。


「えぇーーーーん!!キョウちゃん!!たすけてーーーー」


ギリギリの理性が崩壊する音を幼いながらに隼人は感じた。

その数分後、隼人に絶叫をかけつけたキョウちゃんが隼人を無事救出するまでの数分間、彼女にとっては悪夢のような長い時間だったと後々に語る。そしてこの出来事が一回や二回で済まされないことが真の悪夢だと気づくのにもそれほど時間を有さなかったりする・・・。