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12月。一年の締めくくりといわれるこの時期。町はクリスマスのイルミネーションで飾り付けられ学生達はこれからおとずれる冬休みに心躍らせる、一年でもっとも華やかともいえるこの季節。
一人の少女と一人の少年は自分達の教室で暗い顔を浮かべていた。
少女の名前は天然アイドルマスター(爆)獄寺隼人。
少年の名前はキチク・オブ・ボンゴレ沢田綱吉。
二人の間にあるのは中学生の教室にある標準的な机と、一枚の真っ白な紙。
「すみません、十代目・・・こんなことにつき合わせて・・・」
「いや、そんな思いつめたような顔で言われることじゃないんだけど・・・」
「でも、俺・・・・これが終わらないと年越せないんです!」
人の話を聞いてるのか聞いていないのか一人熱く語る少女に少年は溜め息をつく。謝るくらいなら手を動かして欲しい。くだらない事を喋る暇があるならとっとと終わらせて欲しい。ツナは真っ白な紙と獄寺を交互に見比べながらもう一度溜め息をついた。
教室の外ではすでに下校ムードがたっぷりだし、日が短くなってきた校庭にはすでに闇が迫ってきているこの時間。帰りたい。帰れない。
だって目の前の紙が真っ白なんだから。
今から数週間前。美術の時間に出された課題は『今年一番、印象に残った出来事』だった。一枚の紙に書くものは自由。本人が一番、書きたいと思った出来事を書いて良いというのはありがたい話である。人物画が苦手なら風景画で良いんだし、面倒くさい絵が苦手なら適当な題材を探せば良い。絵がそれほど得意ではないツナはそう思ったから無難な題材を選んで早々に仕上げた。クラスのみんなも殆どそうである。絵に自信がある生徒は時間をかけてやっているようだったがそれでも時間内に仕上げた。
ただ一人、獄寺を除いて。
授業態度は不真面目なくせに、彼女はこういうところは真面目だった。妥協を許さないタイプだった。手抜きは一切せず、課題に全力で挑んだ。が、勉強も運動も出来る彼女は・・・芸術面に関しての能力が人並み以下だった。
最初に出来上がった絵を見たときツナは失礼ながらも手を抜いてかいた絵だと思った。けどそれが彼女の全力であり、美術教師からの酷評にショックを受けているのを見たときツナははじめてその事実を知った。
次に描いた絵は余りにも前衛的だった。色も構図もどこをどうすれば此処までエキサイティングに描けるんだと思わせるものだった。勿論、この絵も美術教師は受け取りを拒否した。
最後に見た絵はそれまでみた中で一番、摩訶不思議アドベンチャーな絵だった。それこそ同じテーマで描いたと思えない3枚の絵にツナは自分達の死んだ数年後の美術界の未来に走る衝撃を垣間見た気がした。
「君の絵は死んでから評価されるタイプだよね」
ツナの精一杯の慰めの言葉に獄寺は貰ったばかりの4枚目の再提出用の紙を思わず涙で濡らした。本人も否定できないと思ったからだ。
そんなこんなで4回目のゴクデラチャレンジ。
現在、紙は匂い汚れもなく漂白した後のように真っ白である。タイムリミットは今年中。今年中に提出しなければこの絵は『今年一番、印象に残った出来事』から『去年一番、印象に残った出来事』に変わってしまう。少女的にそれはなんとなく避けたかった。
「さて、それで何を書くの」
「は、はい・・・テーマはまた同じものにしようかと・・・」
「うん、ゴメン。テーマって言うか・・・今まで3枚見てきたけど何を書いてたか分からない」
頭を抱えながら言うツナに獄寺は再び紙を涙で濡らした。でもツナの言ってることは皮肉でもなんでもない。そもそも前の3枚だって獄寺が言うまで同じテーマの作品とは思えなかったくらいだ。
「すいません・・・俺の絵って分かりにくいですよね・・・」
「えぇっと・・・分かりにくいって言うか見る人を選ぶ絵だと思う」
それこそ誰かさんの言葉を借りれば『凄すぎて分かる人にしか分からない』絵だ。
「実は・・・あの絵は十代目を中心にボンゴレメンバーを描いた絵でして・・・」
「あ、俺いたんだ・・・」
「人物が多いせいか構図に悩んでしまって・・・」
「ふーん・・・」
「それで色々書き足してたらごちゃごちゃしてあのような絵になってしまった、と」
「そんな裏側説明されても俺、どんな顔すればいいかわからないよ」
そう言いながらも困惑以外の表情を浮かべられないツナ。そのとき・・。
バリーン
「笑えばいいんだよ」
そう言いながら窓を突き破って登場したのは鬼の風紀委員雲雀恭弥。
相変わらず扉から登場できない人ですね。っていうか貴方が校舎を破壊するのはありですか、そうですか。ツナはツッコミを心の中だけに収めると無言で雲雀を見つめた。
「雲雀!お前、何しに来たんだ!」
「何って・・・下校時刻が迫ってるっていうのに教室にいる草食動物を噛み殺しに来たに決まってるだろ」
「決まりなのか!というかお前は教室に誰かいるってだけで窓を破って登場するのか!」
「うん、グチャグチャにする以外は興味ないからね」
にやりと笑うとトンファーを構える。が、獄寺が座ってる席の前に置かれた真っ白な紙を見て雲雀は一瞬考え込むように顔を歪ませた。
「なに、君達居残りなわけ?」
「十代目を混ぜるな!居残りは俺だけだ」
「そんな威張って言うことじゃないでしょ」
馬鹿じゃないの、と鼻で笑うと雲雀は適当な椅子を取って机のそばに腰掛ける。
「な、なんだよ・・・」
「終わるまで付き合ってあげるから早く仕上げなよ」
「はぁ?」
「僕が付き合ってあげるから校則違反は見逃してあげる。って言ってるの」
どういう風の吹き回しだ?怪訝そうに睨みながらも、待ちくたびれた ツナがあくびをしたのをきっかけに獄寺は気を取り直して鉛筆を取る。そして気を引き締めると真っ白な紙に黒い線を引き始めた。
グネグネ、くるくる、フーラフラ。
「できた!」
と叫ぶ獄寺に信じられないものを見るかのような顔をする雲雀。始めて異性人と接触した人類はきっとこんな顔をするのだろう。獄寺の叫びを聞くまでうたた寝をしていたツナは雲雀の顔を見て一瞬で目が覚めた。
「冗談はやめなよ。下らな過ぎて笑えないよ?」
「なんだと、雲雀!喧嘩売ってるのか!」
「雲雀さん。獄寺くんは本気なんです。俺がそれは一番知ってますから」
すでに見慣れたツナはフォローにならないフォローをしながらあくびを噛み殺す。課題に取り掛かって3時間。やっと下書き完成。次に着色に入るのだが、そこでも雲雀はツナがすでに放棄したツッコミを止めなかった。
「な、なんでそこでその色が入るの!?」
「十代目がここにいるんだからこの色が一番だろうが!」
「・・・・ていうか君は何をイメージした色なわけ・・・」
「全てを包み込むような色だよ」
そういえば獄寺くんは乾いた絵の具に水を差してたっけ。そんなどうでもいい事を考えていると廊下から聞きなれない音が近づいてくる。廊下を歩く音でも走る音でもなく・・・これは自転車で走る音・・・・。
ちりんちりん・・・ききっ。
「まだ自宅に帰ってないようなので迎えに来ましたよ。ハヤト」
「骸様に我侭いって一緒にきちゃった。ハヤト・・・一緒に帰ろう」
愛用の自転車輪廻号に乗ってやってきたのは黒耀の制服に身を来るんだ六道骸とクローム・髑髏の二人組み。彼らはさも当たり前のように自転車ごと教室に入ると課題に取り掛かる獄寺とその他二人に微笑みかけた。
「お久しぶりですね、ボンゴレ・・・と並盛の秩序くん」
「ボス、と雲の守護者の人こんばんは」
「何しにきたの君達。自転車で廊下を走るのは校則違反なんだけど」
「クフフフ・・・残念ながら僕達は並盛の生徒じゃないので校則は関係ありませんよ」
「でも常識だよ」
雲雀がそういうと骸は中学生らしい笑みを浮かべながら誤魔化す。そして獄寺が塗っている絵を一目見るとクロームと二人で取り囲みながら深夜の通販番組のごとく絶賛を始めた。
「クフフ・・・凄い絵ですねこれは」
「描いた人の繊細な完成が分かる作品だね」
「大胆な筆遣いとタッチ。コレは現世ではなかなかお目にかかれない品物ですよ」
「むしろ人間道でこの色合いを見れたことが驚き」
「生々しい色合いに言葉では表現しがたい描写」
「というかハヤトも見たことあったんだね、この光景」
「クハハハハ・・・素晴らしい・・・素晴らしい絵ですよハヤト」
『地獄道を此処まで完璧に表現できた人は初めてだ』
笑顔と共に届けられた言葉に獄寺は一瞬にして固まった。
一緒に聞いていた雲雀はフォローの言葉が浮かばずに明後日の方向を見て誤魔化し、二人の登場で眠気が吹き飛んだツナはこらえ切れないという感じでおなかを抱える。
「・・・もしかして僕達・・・」
「地雷を踏んでしまってみたい、骸様」
地獄道じゃなかったんだ・・・。二人の口から出た言葉はまさにとどめだった。
課題に取り掛かって5時間。着色が終わるまで骸とクロームは謝罪の言葉以外の台詞をいえないままただただ獄寺に謝り続けた。
美術室前。
獄寺の登場を待つ少年3人に少女一人と自転車が一台。
「遅いね・・・」
誰ともなく出た呟きに時計を見上げた。すでに獄寺が中に入って20分以上が立っている。嫌でも広がる最悪なムード。
そして扉をあけて出てきた獄寺の手に握られた画用紙の白さを見たとき、ツナ達は壮大に肩を落とした。
「ごごごごごごごごめんなさい、十代目!!なんかあれは展示できる作品じゃないって言われちゃって・・・それで・・・」
「再提出でしょ・・・言わなくても分かるよ・・・」
「こんな時間までつき合わせたのにスイマセンでしたーーーーー!でも俺必ず仕上げますから!この目が光を失ってでも描いて見せますからーーーーーーー!!」
「そのフレーズはもう良いから」
「この手が力を失ってでも描いて見せますから見捨てないでください十代目ーーーーー」
「あーーーーもう本当にそのフレーズはいいから!!!」
ツナはとうとう耐え切れずに突っ込みを入れる。
その後、獄寺が二桁目の再提出を言い渡されたとき骸とクロームの幻覚と雲雀の極大権限により課題を免れたのはいうまでもない。というかそうでもしないと今年中に課題が終わりそうにないと思ったのはきっとツナだけではなかったはずだ・・・。
思わず一同の心が一つになった師走の出来事であった。
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