“ねぇ、ならトゲはなんの役に立つの?”
昔、そう王子様が大人に尋ねた物語があった。
薔薇に良く似た花を愛した王子の物語。


彼は今でも花の側にいるのだろうか。



「ひっく・・・ひっく・・・・」


嗚咽をこぼしながら泣きじゃくる彼女。
そんなに悲しそうな顔をするくらいなら言わなきゃいいのに彼女は何度も涙と共に同じ言葉をこぼした。


「お前なんか大嫌い」と。


それは彼女のトゲ。彼女の武器。
けれどそれが役に立たないことは僕が良く知っている。


「そう。僕も君が嫌いだよ」


そう言い返せば彼女は眼を見開いてさらに涙を流した。
まったく、泣く位なら言わなきゃいいんだよ。最初から。

どうせ僕に勝てるわけ無いのに。口でも戦いでも。
勝敗は決まっているのに、君は武器を捨てない。

そして立ち向かう君の瞳からまた涙がこぼれた。



“何の役にもたちゃしないよ。
 花は意地悪したいからトゲをつけているんだ”
物語の大人は王子にそういった。

君のトゲ。君の武器。
君は僕に意地悪したいから、そうするのかな。


「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い・・・・」


数えるのもバカらしくなるくらい繰り返す。
お互い同じ言葉を繰り返して傷つけあって、そして僕が同じ事を言うとまた君は泣くんだ。

バカみたい。
本当はどうするべきか分かっているのに。

分かっているのに続ける君も馬鹿。
分かっているのに止めない僕も愚か。


ねぇ、僕達がすることは最初から決まっているのに。



“嘘だよそんなこと。花は弱いんだ、無邪気なんだ。
 出来るだけ心配をかけないようにしているんだ。
 トゲを自分達の恐ろしい武器だと思っているんだ”
王子は大人にそう返した。
薔薇に良く似た花を愛し逃げ出した王子様。

なんで、その時は分からないんだろうね。トゲの本当の意味を。


彼女の泣き声が止まった。
そして静かな室内に嗚咽だけが響き渡る。

僕の、体が、チクリと、痛んだ。

トゲの刺さった場所が痛い。


「何で君なの・・・」


僕の世界に踏み込んで、入って、勝手に咲いた花。
その花は何で君だったんだろうね。

僕はこうすることしか出来ないのに。
傷つけて泣かすことしかしないのに。
トゲを刺し合うことしか出来ないのに。


君の唇がゆっくりと動いた。


「やっぱり、お前が嫌い」だと。涙声で呟き部屋を飛び出した。

一人部屋に取り残される僕。もう誰もいない部屋。
あぁ、またトゲが痛い。



“僕はあの時何も分かっていなかったんだよ。
 あの花の言うことなんか聞かず、
 することで品定めをしなければいけなかったんだ”


彼女と出会ってから僕の世界は変わった。
モノトーンの世界に色がついたような変化だった。

最初は敵同士。次は興味半分。
気がつけば彼女を探していた。そうなるのにそれほど時間がかからなかった。
その頃からか、彼女のトゲが僕を傷つけ始めたのは。



けれどトゲはいつも深く突き刺さる前に、彼女が優しく抜いていくれた。困ったように笑いながら。


でも抜かれても次の瞬間には新たなトゲが刺さっていた。


「痛いよ、隼人・・・」


ひとり残された部屋。痛むところを押さえても、彼女はトゲを抜きに来てくれない。


なんで君なの。なんで僕がこんなに苦しまなきゃいけないの。


勝手に咲いた花は、その地の住人を苦しめる。
でも花を抜くことが出来なかった。花を嫌うことが出来なかったから。
だから王子様は逃げ出したんだよね。たった一人で。


僕はゆっくり立ち上がると窓の外を見た。
ずっと感じてた気配。彼女が隠れるように僕の部屋を見上げてる。


「そんな所にいないで堂々と入ってくればいいじゃない」


僕は苦笑すると、部屋を出る準備をした。彼女に会うために。



“ずるそうな振る舞いをしているけど
 根は優しいって事を汲み取ってあげなくちゃいけなかったんだ。
 だって花のすることはとんちんかんなんだから”
僕は外に出ると、彼女に気づかれないように後ろから抱きしめた。


君は真っ赤になりながら振り返ると僕に罵声を浴びせようとする。


「急になんだよ!お前なんか、だいきら・・・」


言い切る前に僕の唇が塞いだ。
そして彼女が呆然としている間に呟く。


「今まで言えなくて、ゴメン。隼人、愛してるよ」


ずっと分かってたんだ。最初からこうするべきだったんだよね。
君も僕も。
でも逃げ続けてたんだ。
君も僕も。


彼女の目尻に涙がたまる。
けど今度の武器はトゲになることなく・・・逆に花びらを開かせる露となった。



“だけどね、僕はあまりにも幼くって、あの花を愛するという事を知らなかったんだ”



そして少し大人になった僕の庭にはいくつもの綺麗な花が咲いたんだ。