世界は意外に優しくないと思う。なのにアイツは口癖のように言う。

「きっと幸せになれるから」

きっとって何だよ。そんなあいまいな表現じゃいらない。
そう怒ったら白蘭は“ハヤトは我が侭だね”ってたしなめるように言葉をつむいだ。

「いつか幸せになれるよ」

いつかって何時だよ。揚げ足を取るような言い方に困ったように笑いながら白蘭は俺に口付けを落とす。

「じゃあ僕は今が幸せ」

苦しいくらい俺を抱きしめるアイツ。
その顔は満足そうで腕から逃げようとする俺は憎まれ口を叩くくらいしか抵抗が出来ない。
悔しいけど口から出る言葉とは対照的に幸せそうなアイツを見ている俺の心の中は割りと幸せ。

「隼人は僕が幸せにしてあげるよ」

それでどうかな?満足かな?
抱きしめたまま呟く白蘭に『ばーか』と一言。

世界は優しくないけど、アイツの腕は優しかった。

ふにふにふに。

アイツの指に挟まれてもてあそばれているのはアイツと同じ色のお菓子。

「マシマロ」
「マシュマロ、な」

変なところで決まらないアイツ。小文字に弱いわけではないのだが何故か妙なところでしたが回らないらしい。

「格好悪い」

はっきり言うとマシュマロを落として白蘭は固まった。床にころころ転がる白。あー勿体無い。

「かっこ・・・わるい・・・」

俺に言われた言葉を繰り返してガクガクと震える。こいつは何でここまで俺の言葉に影響されやすいのか。立った一言に翻弄される白蘭に俺はこいつが支配する組織の未来を案じた。

「嘘。白蘭は格好悪くないよ」
「ハヤト!」

あまりにも青ざめて震えるもんだからそう返してやると奴は光り輝くような表情で俺の名前を呼ぶ。
棒読みだとか感情のこもっていない言い方だとか問題ではないらしい。重要なのは俺の台詞の内容。

「・・・まぁ格好良いというより可愛いよな」

お菓子で遊んだり、舌が回らなかったり、俺の言葉に一喜一憂したり。
ぼそりと呟いた俺の言葉に今度は唖然とする白蘭を見ながら俺は床に転がったマシュマロを拾ってアイツの開いた口に運んだ。

「ハヤト」

名前を呼ばれて振り返る。深く刻まれた俺の眉間の皺。
怒ってます。と表情で表したつもりだったが白蘭は気にした様子も無く俺の名前をもう一度呼んだ。

ハヤト、と。

確か始めてあったときは俺のことを【獄寺隼人】とフルネームだった。
気がつけば馴れ馴れしく【獄寺チャン】に進化。
でもそれはすぐに変わって【隼人チャン】になった。

そして現在。

「ハヤト?ぼーっとしてどうしたの」

ニコニコと微笑を浮かべ再度俺の名前を呼ぶ。

はぁ、と零れるのはため息。
別に俺もこいつを呼び捨てにしてるんだからお互い様といわれればそれまでかもしれない。でも一応俺は年上で白蘭は年下。目上の相手への敬意はどうした、と俺の思っていることを叫んだら白蘭は驚いたように・・・しかしすぐに笑い出した。

「ハヤトは我が侭だね」

と噴出しながら。

【獄寺隼人】は他人みたいだと先に切り出したのは俺だった。
【獄寺チャン】は中学のときのクラスメートを思い出して腹が立つと言いだしたのは俺だった。
【隼人チャン】は白蘭の部下にも似たような呼ばれ方をしている奴がいるから複雑と抗議したのは俺だった。

「それで呼び捨ても駄目ならどうすればいいの、僕?」

くすくすと笑ってしばらく経ってから名案が浮かんだという様子で両手を鳴らす白蘭。

「あ、“僕のお嫁さん”とかどうかな」

悪戯っぽく呟く白蘭に俺は真っ赤になりながら

「呼び捨てで・・・良い」

としか返せなくなっていた。いや、結局どっちもどっちだろうけど。

「忘れないで」

と彼は言った。

「忘れたくない」

と彼女は泣いた。


正しい歴史に変わるとき、この記憶は何処に流れていくのだろう。


「さようなら」

彼女は彼女の敬愛する者が歪んだ歴史を変えたときそう呟いた。

「またね」

彼は彼女の敬愛する者に命の花を散らされる瞬間、そう伝えた。


この今が幻となるのなら、今抱く気持ちは何処に消えてしまうのだろう。


「嫌いじゃなかった」

最後だからと、最初で最後の彼女からの告白。

「愛していたよ」

何度も言ったけどと、数百回目の彼からの愛の言葉。


悲劇的な恋物語というのなら、最初から結末は決まっていたのだろうか。


かすみ行く視界。
消えていく体。
書き換えられていく現在。
全ての始まりは過去。


「今度会うときはもっとマシな形で出会えることを祈るよ」


敵とか味方とか関係の無い世界で、出会えることをただ願って。


― 彼女が望んだ結末なのか、彼が望んだ終焉なのか。


その答えは生まれ変わる未来の先に。

目を覚ました。気づいたら泣いていた。
そして胸の奥に引っかかる思いに切なくってまた泣いた。


「で、朝から目を腫らして来たわけ?」

不機嫌そうに言いながら遅めに出動した俺に口を尖らせる。子供っぽい様子で指でマシュマロを押したりつぶしたりして遊んでるのが俺の所属するミルフィオーレの総大将“白蘭”様。

「せっかく可愛い顔なのに勿体無いー」
「お褒めいただけたのは嬉しいですが複雑な気分です」

俺は自分の顔が嫌いだから。
目立つ銀髪も両親には無かった緑色の瞳も青白い肌も。全部全部嫌いだった、が彼はそれがお気に入りなようで何かと例えては俺を褒め称える。それは初めてあった時から変わらない事。
始めてあった時、俺はこの人が神様のように思えた。真っ白な神様。絶体絶命で一人息絶えそうな俺に手を差し伸べてくれた偉大な人。皆から捨てられた俺を唯一必要としてくれた優しい人。

だから俺は恩返しの意味を含めてこの人に着いていこうと誓った。彼も俺の決意を特に迷惑がった様子も無く(むしろ嬉しそうにしながら)俺を自分の右腕として扱ってくれる。

まぁそれはともかく、今気になるのは頬に触れてくる白蘭様の両手。俺の涙の伝ったあとを舌でなぞりながらブツブツと文句の言葉を繰り返す。

「一人で泣くくらいなら僕のところに来ればよかったのに」
「寝てるときに・・・無意識に泣いていたらしいので自分でも気付かなかったんです」
「だからって目を腫らすくらい泣くなんてよっぽどのことだよ」

赤い目はウサギみたいで可愛いけど。
そう言うと彼はさっきまで遊んでいたマシュマロを机の上から俺の口の中に運んだ。

「・・・・・・・・・」
「どう?美味しい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・甘いです」

もぐもぐと口を動かしながら口の中のものを咀嚼する。さっきまで遊んでいたマシュマロ、というのが複雑だったが甘いものは俺の心をちょっと和ませた。

「ありがとうございます、白蘭様」
「様、はつけなくても良いって言ってるだろ。ハヤトは真面目だなー」
「礼儀ですから」

ぺこりと頭を下げて白蘭様から体を離す。
この人は様付けにされると何故か不機嫌になる。理由は良く分からないけど。そしてもうひとつ理由がわからないことと言えばこの人の俺の呼び方。

「そういえば白蘭様は俺のことずっと呼び捨てですよね」

それこそ始めてあった時から。



あの命が消えかけようとしていた中で差し出された白い手。
その時の彼の言葉は一生忘れることは無いだろう。

『あいにきたよ、ハヤト』

そうだ・・・名前を教える前から、この人は俺を呼び捨てにしてた。



「なんでですか?」

いつもはぐらかされるの質問。

「うーん・・・内緒」

いつも返される同じ答え。

「でもいつか、きっと、ハヤトは気づくよ」

“とりあえず、マシュマロをもう一ついかが?”
ごまかす様に言いながら俺の口に再びマシュマロを運ぶ。

俺の抗議の声はマシュマロと共に飲み込まれた。






「マシュマロ、って言えるようになったんだな」





飲み込んだ瞬間、無意識に口から出た言葉。驚く白蘭様と俺。
普段の癖で言ってしまったタメ口に俺は慌てて口を塞ぐ。一応こんな相手でも上司なのに・・・俺は一体何を口走ってるんだ。朝からおかしいおかしすぎるぞ俺。
けど慌てる俺とは対照的に目の前の白蘭様は満面の笑みで喜んでいる。

そして頬を包み込まれ近づいてくる彼の顔。
唇が触れ合うまであと10秒。

「今度こそ、僕が幸せにしてあげるからね」

そういって笑う“白蘭”の顔は子供みたいで可愛かった。



(言い訳というなのあとがき)
白獄パラレル話でしたー。ここまで読んでくださって有難うございます!
分かりにくいですが原作どおりの関係で恋人になった二人が、ツナが未来を変えてリセットされた世界でもう一度出会う・・・って感じの話です。リセットされた世界では白蘭は上手い事獄と敵にならない関係に収まっているようですwというかツナのポジション(?)に美味く収まっていると言うか、そんなイメージ。
まとめるの下手でスイマセン; とりあえず純愛ぽい白獄が書きたかったんです。

それでは拍手ありがとうございましたー!どうか一人でも白獄スキーが増える事を願っております!!