十代目に怒られた。

理由はどうってことない、俺のおこした上級生とのなんてこと無い喧嘩だった。



グルグル グルグル



十代目は俺の傷口に包帯をまきながら呟く。



“お願いだから喧嘩なんかしないでね”

“君に怪我をして欲しくないんだ”



優しい十代目は呪文のように何度も言う。



あぁ、優しいあなた。

傷つけることを恐れるあなた。



あなたに望むことは罪ですか?











【 グルグル 】











翌日、俺は学校を休んだ。仮病でのズル休みなんて慣れている。

担任の教師もクラスメイトも『不良』の俺が休んでも気にしない。

とくに担任は成績さえ良ければ、テスト以外で俺がいようがいまいが関係ないだろう。



必要とされていて、必要とされていない。



それは十代目もそうなのだろうか?

思考はいつだって、グルグル回りながら十代目に戻ってきた。





今日は十代目に会いたくなくって休んだ。十代目を忘れたくって休んだ。

昨日、怒られたことがショックだったのか俺の心は簡単に悲鳴を上げて、俺の生存本能をとことんまでに下げている。

悲しみのショックで死ぬ人がいるというが、今の俺が正にそうなのかもしれない。



何も食べたくなくって、何もしたくなくって。

何も考えたくなくって・・・・でも十代目のことを考えて。



矛盾矛盾矛盾



空腹のせいか、精神的なものか天井がグルグル回る。









ピンポーン









その時、部屋にチャイムの音が響き渡った。









ピンポーン









2度目のチャイム。その後も3度も4度も鳴り響いて・・・8度目のチャイムで俺はやっと扉を開けた。











「突然、休んだから心配したよ」





扉の向こうで立っていたのは十代目だった。

手にはコンビニで買ってきたデザートと飲み物と、学校から預かってきたプリント数枚。



俺はその手荷物を受け取ると、十代目を中に招き入れる。



敬愛するボスを門前払いするわけにも行かない。俺はリビングに十代目を案内するとキッチンで紅茶を入れ始めた。

先週、イタリアから送られてきたアールグレーとクッキー。

外国製のお菓子は日本人の舌に合わないと聞いたことがあったが今はコレしか出せるものがない。





「お口に合うか分かりませんけど」





念のためにそう付け足すと、俺は十代目のカップに紅茶を注いだ。

グルグルと渦を描きながら注がれる琥珀色のお茶。そこに映る俺の顔は微妙に歪んで見えてなんだか可笑しかった。





「元気そうで安心したよ」



「ご心配おかけしました」





ありきたりな言葉を交わして俺は自分のお茶も注ぐと十代目に向かい合うように座った。





「もしかしたら・・・昨日のことを気にしてるのかと思って」



「昨日の事?」



「ほら、喧嘩してる君に・・・怒っただろ。昨日。もしかしたらまだ気にして休
んでるのかと思って」



「あぁ、そのことですか」





まるで気づかなかった風を装って俺は首を振る。まったく気にしてないと。





「大丈夫ですよ、気にしてませんから」





本当は気にしてる。





「アレは俺が悪かったんです」





そんなことちっとも思っていない。





「十代目に心配かけるようなことをして逆に申し訳ありませんでした」





そう言って頭を下げる。

自分は何て矛盾してるのだろう。





「いや、俺こそあんな言い方して悪かったよ」





十代目はそういうと俺の態度に苦笑した。矛盾した俺の心なんて気づきもせず。





昨日喧嘩した相手はあなたに危害を加えようとしてました。

あなたを守るために戦った自分を俺は少しも悪いとは思ってません。

むしろあなたの為に闘い怪我をした俺を褒めてもらいたいです。





でも、あなたは俺に言うから。



“お願いだから喧嘩なんかしないでね”

“君に怪我をして欲しくないんだ”



本当は命じて欲しかった。

十代目の為に戦うことも。

十代目の為に傷を負うことも。





「ごめんね、獄寺くん」





けど、あなたはそう言って俺にまで頭を下げる。



平等に接する十代目。

戦うことを恐れる十代目。

傷つけることを恐れる十代目。



でも俺が望んでるボスは違うんです。



部下に命令し、

何にも屈せず、

心も体も強い十代目。





優しいあなたが大好きです。

でも、そんなボスを望むことは罪ですか?

あなたに望むことは罪ですか?





「ご、獄寺くん?どうしたの!?」





驚いたような十代目の声に俺は頭を上げる。

視界が歪む。グルグル回る。



頬を伝う感触に、俺はそこで涙を流している事に気がついた。





「大丈夫?どこか痛いの?」





優しいあなたの手が俺に触れる。





「だい、いじょうぶ・・・です」



「でも、ならなんで泣いてるの?」





震えるように声を出す俺に心配そうな十代目の顔がうつった。



優しくしないで。こんな俺なんか振り払って。

泣くなと叱って、命令してください。





俺はゆっくりと紅茶の置かれたテーブルの下に手をのばした。

念のために仕込んどいた短銃。本当は急な刺客用に隠しといたのだけど。



俺はそれを手に取ると、十代目の見ている目の前でセーフティーレバーを外した。





「獄寺くん・・・それって?」



「本物・・・の銃ですよ。小さいですけど・・・殺傷能力もあります」



「そ、そんな物騒なもの!??なんで持ってるのさ!!!」



「あはは・・・・やっぱり怖いですか?」





狂ったように俺は笑う。

未だに状況の飲み込めない十代目を前に俺は引き金に指を添えた。





「でも十代目。これからはそんなことも言ってられませんよ?あなたは自分のために人を殺すし、俺もあなたの命令があれば殺す」



「そんなこと・・・」



「ボスとはそういうことです。マフィアとはそういう世界です」



「でも俺は・・・誰も殺したくない!できれば誰にも傷ついて欲しくない!!」





十代目はそう叫ぶと、俺をにらみつけた。



その眼差しは強い。

でも答えは俺の望んでいるものじゃない。





「優しいですね、十代目・・・」





優しいあなたが大好きです。





「でも・・・それなら要らない」





おれは静かにそう言うと手にしていた銃の引き金を引いた。

矛盾した世界がグルグル回る。

真っ赤に染まった世界。





「ご・・・くでら・・くん・・・・」





十代目が俺を呼ぶ。信じられないというように。

そして、それが俺の聴いた十代目の最後の言葉になった。

















『ねぇ、まだ起きないの?』





誰かの声が聞こえる。

二人の話し声。





『精神的なものだからな。起きるのは明日かもしれないし、数年後かもしれないっていつも言ってるだろ』





この声は知ってる。シャマルだ。





『早く・・・目を覚まして欲しいな』





この声は誰だ?誰かが俺の手を握ってる。





『君の望む世界になったよ』





暖かい手。優しい声。





『この手は人を殺めたし、沢山の人も傷つけた』



『部下も沢山出来たし・・・今じゃ俺がファミリーのボスとしてみんな認めて
る』



『だから早く目を覚まして』





ここは君の望んだ世界なんだ。

そう言うと手が離れた。





『・・・・悪いが時間だ』



『うん。じゃあ・・・また来るね』





そう言うと気配が遠のいていった。



あなたは誰。誰が手を握ってくれてたの?

優しい声。優しいあなた。



ここは俺の望む世界だといったあなた。





でも違う。まだ違う。





『・・・・隼人?泣いてるのか』





ずっと待っます。



あなたが俺に“命令”してくれる事を。

あなたが俺に一言いってくれれば、俺は直ぐにでも目を開きます。



でもその言葉を・・・あなたに望むことは罪ですか?



矛盾した願いを乗せて、俺はグルグル回り続けている。




多分、初ツナ獄作品。改めてみると恥ずかしいですねw