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「僕の隼人君は痛い思いも悲しい気分も辛い事も味わう必要はないと思うんですよ」
それが俺の恋人、六道骸の口癖だった。俺は奴の毎日のように続く台詞にまたかと呆れながら適当に相槌を打つ。
「あぁ、そうかよ」
「そうですよ」
「ずいぶん自信満々だな」
骸は自信に満ち溢れた笑顔で俺の左手をつかむとおもむろに口付けを落とす。姫君の忠誠を誓う騎士のように。
「だって、隼人君の綺麗な手のひらに傷がつくなんて僕には耐えられません」
そう言うと俺の手のひらにある小さな擦り傷を口付けしたばかりの舌でなぞった。
「真っ白で綺麗な隼人君が痛い思いをするなんて・・・」
「って言っても書類でちょっと切っただけだろう」
「それでも痛かったでしょう?」
そう尋ねられれば痛くなかったとはいえない。どんなに小さい傷といえど怪我は怪我。場所も場所だから手を洗うたびに染みるし、触れられれば痛い。けどそれでぎゃーぎゃー騒ぐほど俺も骸も子供じゃないはずだ。
「骸は大げさだ」
「そうでしょうか?こんな小さな傷でも僕には耐えられないんですよ。僕の隼人君が痛い思いをしている、それだけで僕の心は落ち着かない」
なんなんだ、こいつは。
過保護過保護だと思っていたが、いくら好きといえど度が過ぎれば付き合いきれないという思いすら芽生えてしまう。
「骸・・・」
いい加減にしろ。
そう言いながら掴まれていた左手を払おうと思った瞬間―――
「隼人君、書類なら僕が運びますよ」
「いい・・・俺が十代目から頼まれた仕事だから」
「ですが・・・片手じゃ重たいでしょ」
誰がどの口でそんな事を言うんだ。
自分を心配するように寄り添い歩く恋人。俺はそんな彼に無言で答えながら左手ポケットに隠す。いや、正しくは左手のあった場所を隠す。俺の左手は手首から下をばっさり・・・骸に切り落とされてしまった。
なんで?どうして?
血の流れる手首を押さえながら骸に問いかけると彼はいつもの笑みを浮かべて答えたのだ。
『だってこうすれば隼人君は左手を切って痛い思いをすることは無いじゃないですか』
大丈夫、痛いかもしれませんが最初だけですよ。
骸のその言葉と彼の手に握られた血に汚れた鉈を見て俺はこれが現実なのだとやけに覚めた頭で実感した。
でもこれで奴が安心してくれるなら安いものだろう。左手を無くしたのは痛いが俺にはまだ右手がある。仕事をするにもまだ支障は無いはずだ。
そんなことを考えながら十代目の執務室まで書類を運ぶ。大丈夫。書類を書くことだって、食べる事だって、銃を撃つことも出来るんだ。
・・・ダイナマイトを扱えなくなったのは悲しいけれど・・・大丈夫。
けれどそんな事を考えてたせいだろうか。片手で抱えていた書類をふとした瞬間に床にばら撒いてしまった。落ちた書類を拾おうと伸ばした左腕。しかし掴む左手は無く、その弾みで俺の体は床に倒れこんでしまう。
はっきり言って人目のある廊下の前でみっともない。
苦笑いを浮かべながら骸を見上げようとすると、なぜかそこには青ざめた顔の骸が震えながら俺を見下ろし立っていた。
「む・・・骸?」
「・・・隼人君」
「なんだ?」
「膝を・・・すりむいてしまっているじゃないですか」
そう骸にいわれて俺は自分の足を見る。
あぁ、確かに・・・右足が転んだ衝撃で擦りむいてしまっている。けれどこの程度、騒ぐほどじゃない。
という前にいつの間にか骸の手には昨日の鉈が握られていた。
「骸・・・」
「大丈夫、右足が無ければまた擦りむいて痛い思いをしなくてもいいんですよ?」
何が大丈夫なんだ。しかし昨日の行為を思い出してこいつには俺が何を言っても無駄なのだと悟る。
あはははは。そうか、今度は右足か。冷たく光る鉈に移った骸の顔は・・・なんでか笑っているように見えた。
左手を失い、右足を失った俺はその翌日には左膝から下も失っていた。その翌日には左肩から下、その翌日には右太もも、さらに翌日には左太もも。
右腕しか自由になることが出来ない俺は前線に立つこともできず、事務的な仕事をする事できずに家のベッドの上で過ごすようになった。生きがいだったマフィアとしての道を閉ざされ、自分の足で歩くことが出来なくなった今・・・それでも俺が骸を愛しているのは何でだろう。
見舞いに来た奴らにも言われ、姉貴からも聞かれ、俺もおかしいと思いながら俺は骸をいまだに愛してる。
多分、まだ利き腕の右手を残してもらっているからだろうか?これが骸の優しさなんだと信じ俺は今日も恋人の帰ってくるのを待っている。
ふと、下の階から扉の開く音が聞こえた。ばたばたと近づく音。どうやら骸が帰ってきたようだ。
「ただいま隼人君」
「おかえり」
ベッドの上で俺は骸を向かえる。そして彼に抱きしめられ、残った右腕を彼の首に絡めた。
「寂しかったですか」
「うん」
「退屈でしたか」
「うん」
幼子に接するように俺の頭を撫でながら相手にする骸に微笑みながら俺は彼に抱きついた。しかし骸は・・・彼に絡みつく俺の腕を見ながら顔色を悪くする。
「ど、うしたんだ?」
「赤くはれてますね」
「・・・虫にでも食われたんだろう」
蚊に刺されたあとを見て骸は俺の右腕を握り締める。
あぁ・・・またかな。
気がつけば骸の手には真っ黒になってしまった鉈。そしていつもの言葉を呟くと骸は俺の右肩に鉈を振り落とした。
「大丈夫、痛いのは最初だけですから」
広がる鮮血。冷えていく体。千切れた右腕。
きっと、この瞬間もこの歪んだ恋人は笑顔を浮かべているに違いない。あぁ、もうなんだろう。やけに覚めた自分の頭が恨めしい。いっそ狂ってしまえば楽なのに。
そんな自分の頭に響くのは恋人からの愛の言葉。
「僕の隼人君はどんな姿になっても愛しいと思うんですよ」
ていうか、こんな体にしたんだから責任を取れ。よく修羅場の女みたいな台詞とともに俺は血反吐を吐いた。
ナンワレ鈴木様に捧げます!骸獄が読みたいと嘆いていたので捧げてみたのですが・・・うん、無理!ヒビキさんに猟奇とエロは程遠いよ!なんか色々微妙すぎて読んでて心が痛くなってくるよ!
甘いのかシリアスなのか悲劇なのかも微妙なオチだし・・・はうはう。こんなのですがどうぞヒビキさんごと受け取って下さいませませ(どさくさ)
あとタイトルは某パロディ。分かりにくいけどナンワレなら気付いてくれると信じてるさっ! |
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