何を望むの?と尋ねたら愛する人は綺麗な唇からこう呟いた。

「世界で一番美しい花を一輪」

他には何が欲しい?と聞けばその人は少し困ったように微笑む。

「他に何もいらない。ただこの世でもっとも美しい花が欲しい」

あなたがそう言うのなら自分はただ美しい花を捧げよう。
世界で美しい花を、一輪あなたに。





けれどそれは愚かな恋の花。




花を毎日届けるのは白蘭という男だった。彼は毎日かかさず雨の日も嵐の日も花を届け続ける。大事に彼が運ぶのは『世界で一番美しい花』。明日にはかわってしまうその花を白蘭は権力に物を言わせ毎日毎日愛する人に届けた。
そして今日も先ほど手に入れたばかりの花を持って愛する人の待つ場所に届ける。彼の愛する人が待つのはいつでも深い森の奥。めったな事では人の立ち入らない・・・逆に言えば入る者が限られた地区であった。

「隼人ちゃん。今日ももって来たよ」

白蘭はそう言うと目当ての場所に座り込んでいた銀髪の女性にケースに閉まっていた花を取り出し差し出した。大事そうに木綿に包まれた花をそっと受け取ったのは白蘭と敵対する組織の幹部の一人である獄寺隼人。彼女は渡された花をそっと受け取ると柔らかな笑みを浮かべ白蘭を見上げた。

「ありがとう」

たった短い五文字の言葉だがそれを聴いて白蘭は頬を染める。そしてすぐさま花を抱きしめ白蘭から視線を外した彼女に少し残念な気持ちを覚えた。

「ねぇ、隼人ちゃんは他に欲しいものは無いの?」

白蘭は花を渡すと何時も同じ質問をする。答えは変わらないと分かっていても尋ねずにはいられない質問。

「これだけでいい」
「でも花ばかりじゃ飽きるでしょ?」
「・・・・・・・・・・・これだけでいい」

彼女の言葉に白蘭はさらに残念な気持ちを抱きながら溜め息を覚えた。たしかに毎日、花を受け取る彼女は嬉しそうだ。抱きしめて微笑む彼女の姿に幸せな気持ちを抱かずに入られないと白蘭も思う。しかし足りない。それだけでは足りない。
白蘭は愛する彼女のために何でも捧げたかった。全てを捧げたかった。彼女が望むなら世界だって変えて見せるし、彼女が望むならどんなものでも手に入れてやる。そう決意してるのに彼女の望むものは唯一つ。

「“世界で一番美しい花”以外はいらない」

彼女はそういって花を抱きしめ立ち上がった。白蘭はそんな彼女の姿に眉をひそめながら必死で笑顔を作り頷く。

「わかった。じゃあ明日も花を持ってくるから」
「ありがとう」
「それじゃあ明日もこの場所で」

白蘭がそう言うと隼人は笑いながらゆっくりと森の奥に消えていった。少しずつ木々に隠れて小さくなっていく背中。その背中を見送りながら白蘭は見えなくなるまでその場所を動けないでいた。





白蘭が彼女をこの場所で見つけたのは偶然だった。雨の中、裸足に黒いワンピースという姿で草むらの中に座り込んでいた彼女。必死で腕を伸ばし手探りで何かを探している様子に何かを感じた白蘭は傘を彼女の頭上にさすと何をしているのかと尋ねた。

「探しているの?」

雨に濡れるのも構わず身体も服も泥まみれにしながら彼女は白蘭の存在に気付かないかのように作業を続ける。

「世界で一番美しい花が・・・どうしても・・・見つからないんだ・・・・」

彼女の頬が濡れていたのは雨のせいか、涙のせいか。今でもそれは分からなかったが白蘭は余りにも必死な彼女の背中を黙って抱きしめた。そして何度勧めても花を探す事をやめない彼女に白蘭は約束する。





なら、僕がその花を君に捧げるよ。





その日から欠かさず白蘭は彼女に花を届け続けた。あの日、花を探していた彼女を見つけた場所に毎日欠かさず。
そして彼女も待ち続けた。白蘭が花を届けに来るときまであの場所を動かずに。

白蘭は知っている。あの花はけして彼女の心に届く事は無いと。彼女があの日、花を探していたのは消して彼女自身のためではない事を白蘭は知っているからだ。
一度だけ・・・森の奥に消えた彼女を気配を殺して追いかけた事がある。そして果てで見た光景。自分のしたことに悔いいる気持ちは無いけれど、あの光景を見たとき始めて白蘭は暗く重たい感情を胸に抱いた。けれど白蘭はその感情の名前を名前を知らない。

だから白蘭は毎日届け続ける。
世界で一番美しい花を彼女に手渡すために。



されどそれは罪深い恋の花。



花を咲かせる事を知らない彼は、その花も咲かせるすべを知らない。


白→獄サイド。みんな片思い祭り。