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何を望むの?と尋ねたら愛する人は綺麗な唇からこう呟いた。
「世界で一番美しい花を一輪」
他には何が欲しい?と聞けばその人は少し困ったように微笑む。
「他に何もいらない。ただこの世でもっとも美しい花が欲しい」
あなたがそう言うのなら自分はただ美しい花を捧げよう。
世界で美しい花を、一輪あなたに。
けれどそれは愚かな恋の花。
花を育てたのは正一という名前の男だった。彼は毎日、自分の仕事の間を縫っては花の手入れをしていた。普通の家に育ち、勉学に身を捧げてきた彼にとって土いじりなど未知の領域。けれど彼はそれを苦とは思わず毎日の楽しみとしていた。
ガーベラ、パンジー、ビオレット、・・・花の名前といえばせいぜい学校の授業で育てた向日葵や朝顔くらいしか知らなかった彼の手は今では様々な花を咲かせる。色とりどりの花を毎日絶やすことなく、ただひたすらに美しい花を自分に与えられた温室の中で咲かす。
それは彼の本業の仕事ではなかったが、彼にとって今やそれは本当の仕事よりもはるかに意義のある生きがいだった。毎日、毎日休み無く花を見守り続け愛を注ぎ続ける。そして愛情をそぞぎ込んだ花たちの中から毎日彼は一番美しい花を大事に摘み取るのだ。
「今日はその花が一番美しいの?」
花に手を伸ばす彼に白髪の男が声をかける。男の名前は白蘭。
白蘭は正一の手の上に乗る詰まれたばかりの花を両手で優しく包み込むと満足そうに微笑んだ。
「うん、今日も綺麗な花だね」
「ありがとうございます」
「こちらこそ毎日ありがとう。僕は優秀な部下を持って幸せだよ」
にっこりと微笑むと白蘭は花びらを一枚でも傷つけないように懐から出した木綿のハンカチで包んだ。そして壊れ物でも扱うかのように持ってきたケースの中にしまいこむとほっとしたように胸をなでおろす。
「これから行くんですか?」
正一がそう上司に語りかけると彼は大きく頷いた。
「うん。今日も喜んでくれるといいな」
満足げに白蘭はケースごと花を抱きしめ正一に何度目もお礼を呟くと彼は急いで温室を後にする。花がしおれてしまう前に運ばないといけないからだ。
「それじゃあ明日もよろしくね」
白蘭の言葉に正一は無言で頷く。そして彼が出て行き扉が閉まったのを確認すると彼は先ほどまで『世界で一番美しい花』を咲かせていた花壇に囁きかけた。
「ありがとう。君のおかげで今日も彼女の願いが叶ったよ」
それだけで僕は満足だ。そう言って正一は温かな笑みを浮かべ温室の奥へと歩いていった。
正一は今日も花を育て続ける。
明日も『世界で一番美しい花』を咲かせるために。
自らの手で生み出すために。
無言で咲き誇る花に水をやる正一の眼にいつまでも焼きついて離れないのは白蘭の愛する美しい人の姿。
白銀の髪とエメラルドのような美しい瞳。象牙のように透き通る肌を持つ彼女に正一は一目惚れをしてしまった。
相手は自分のことなど知らない。会話をしたことも無い。そもそも一度も会った事が無い。正一はスクリーン越しに見せられた彼女の姿に心を奪われたのだ。
「彼女がね、花を欲しがってるんだ」
うっとりとスクリーンに映し出された彼女を見つめる白蘭の口から零れたのはそんな言葉。
「世界で一番美しい花が欲しいんだって」
そんなおとぎ話のような願いを叶えたいと願ったのは白蘭。
そしてその願いを叶えるための手伝いをしたいと願ったのは紛れもなく正一自身。
正一の育てた花は彼の手から愛する人に届けられる事はけしてない。
けれどそれでも満足だと、彼は毎日花を育て咲かせ続ける。
今日も世界で一番美しい花を咲かせるために。あしたも世界で一番美しい花を届けるために。
どんな形であれ、自分の生み出した花で彼女が喜んでくれるなら・・・・正一はそれで満足なのだ。
けれどそれは、消して咲かぬ恋の花。
その花に今日も正一は無言で水を与え続ける。
ぷち純愛祭りにちなんで正→獄 |
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